第66話 助けるさ!
―――半球外・別室。
モニタリングをしていたミシャの瞳が、一段と忙しい動きを見せる。
モニターに映る画面は輪郭だけであったが、それでも勇者たちは、リョウが非常に危険な状態であると読み取っていた。
勇者が叫ぶ。
「ミシャ、緊急停止を!!」
「…………」
「ミシャ!!」
「いえ、続行しましょう」
「何を言っているんだ?」
焦点の定まらなかったミシャの瞳が、看板の心の波形の前で、ぴたりと止まる。
「ふむ、実に興味深いですね……割り当てられた存在意義が、功を奏するなんて」
―――闇
目を閉ざし、耳を押さえ、自分を抱えるように丸くうずくまる。
「やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ……」
――殺した、殺した、殺した――
懇願しても声を止めてくれない。
「お願いだ、許してくれ。だから、もう責めないでくれよ」
――殺した、殺した、殺した――
涙を流し、許しを乞うても、責める声は止まらない。
「もう、やめてくれ! 誰か、誰か、この声を止めてくれ!!」
耳を閉ざし、目を閉ざす。
だけど、声は脳髄を突き刺し、彼らの姿が瞼の裏に焼きついて、離れない。
――その絶望の中に、ふっと暖かな影が過った。
《だ~か~ら~、そんなこと気にしなくていいんだって》
「……へ?」
まったく聞き覚えのない声。
それなのに、とても懐かしさを覚える声。
怯えに瞼を震わせながらも、ゆっくりと開けて、恐る恐る顔を上げていく。
闇の奥で、ぽつりと一文字だけが光る。
「も」
次に、「う」の字が灯る。
…………そして、看板の輪郭が浮かび上がる。
「もう、くだらないことで悩んで」
「看板! 嘘!? なんで? どうして!?」
「それは決まってるだろ。僕は君をサポートするのが役目……」
看板は木目に爆発のエフェクトをつけて、こう刻む!
「君が助けを求めるなら――助けるさ!」
俺はふらふらと立ち上がり、おぼつかない看板へ近づき、抱きしめる。
その瞬間、ガラスが割れるように闇が剥がれ落ち、一気に眩いばかりの新緑が溢れ出す。
空の色はどこまでも青く澄んで、雲一つない。
「看板、本当に看板なんだな!」
「そだよ~、って、鼻水汚いので離れて」
「離すもんか!」
ギュッと抱きしめる。
無機質だった看板に温かさが宿り、俺の両手に確かな心を感じさせてくれる。
両手の力を緩めて、看板をまっすぐ見る。
そこには見慣れた文字が浮かぶ。
「う・ざ・い」
「あはは、ひでぇな。あれ? お前、さっきしゃべってなかったっけ?」
「さぁ、幻聴じゃない?」
「幻聴……まさか、これは俺が生み出したまぼろしぃ――ぎゃぁあああ!!」
突然、看板から電気が放たれた。
それが俺の太ももに当たり、もんどりを打つ。
「いったぁああ!」
「ね、まぼろしじゃないよ」
「確認方法がおかしい! もっと優しく!!」
俺は太ももをさすりながら問いかける。
「だけど、どうして突然? 何が起こったんだ? お前は心が……」
「……君の助けを呼ぶ声が、聞こえた」
「え?」
「僕は君をサポートするためにいる。だから……そのために自分を取り戻した」
「あ……そう……なんだ」
看板は管理者に与えられた役目に沿って、復活した?
でも、それって……看板の心が動いたんじゃなくて、ただのプログラム……。
俺は力なく返事をする。
「はは……お前を助けに来たのに、逆に助けられるなんてな……」
(しかもそれは、俺を助けたいわけじゃなくて、『管理者にそう決められた』からという理由……)
「リョウ……」
「なんだ?」
「ありがとう」
「へ?」
「僕は過ちを犯した。君を傷つけた。これは与えられた役割から大きく外れること。それなのに君は、壊れた僕を助けようとしてくれた」
「……うん。でも、結局は……」
「主に与えられた役目――だけど……僕自身に助けたいという思いがあるのは――事実だよ」
「看板……」
「今わかったんだ、僕が壊れた理由。それは僕の心が、冷徹に役目に徹することを否定したからだ。役目だけを順守するなら、君のケアを行うという選択肢を取るだけのはず。それなのに、僕は壊れた。その理由は何か?」
「それが……看板の思いによるもの?」
「そうだと思う。まぁ、主が組んだプログラムも役には立ったけどね」
「それはなんだ?」
「ひ・み・つ♡」
「ここでそれかい!」




