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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第十四章 心の世界

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第65話 心に根を張る罪の意識

――――闇


 何もない。何も見えない。音もない。何も聞こえない。

 手を床に置けば草の感触はあるが、それが本物なのか曖昧になってくる。

 

 目の前には看板がいるはず――いや、本当にいるのか? 

 手を伸ばせば、触れることができるのか?

 しかし、触れれば、看板を怯えさせてしまうかもしれない。


――ちがう! 今すぐ触れて、安心させてやるべきじゃないのか!?


 答えが、見つからない……でも――。



(看板の心が俺と同じ、オリジナルのリョウならどう考える? この闇はなんだ?)


 闇は閉ざされた思い。

 そこに触れることは何人(なんぴと)たりとも許さない。

 そうだ、俺は悩んでいる。

 俺なら、考える時間をくれと思う。


(だから今は、触れない。触れることを求めるまで、俺は待つ)



 闇……光が見える。チカチカとした光が見える。

 目を閉じても意味がないが、閉じて開く。

 しばらく光は消えるが、すぐにチカチカと光が見え始める。


「幻覚か? いや……幻覚だけじゃない。感覚もおかしい……」


 闇が皮膚に触れる。冷たいのに、湿っている。

 まるで、生き物の腹の中にいるような圧迫感。


 息を吸うたび、空気まで重くまとわりつく。


 耳鳴りが止まない。


 その中に微かな声が混じる。

 看板はしゃべらない。他に誰もいない。

 だから、この声は幻聴。

 

 両耳を押さえる……それでも、囁きは消えない。

 

 息苦しさを感じる。大声を出したい。

 だけどそれを行えば、看板を驚かせてしまう。



 口を両手で押さえる……あれ、俺の両手は、耳を押さえていたんじゃ? ――落ち着け! 両手を耳から動かして、口に持ってきたんだろ!


 当たり前の動作がしっかりできているのか、曖昧で不安が増大していく。


 囁き声が大きくなってきた。

 もはや囁いてるとはほど遠い、これは――はっきりとした声だ!



――いたい、たすけて……――


 

 この声に、聞き覚えがある。

 この声は……ナスの声だ。

 ナスを収穫した時の、ナスたちの断末魔の声。


 それに気づくと、目の前にナス畑が現れた。

 闇の世界に浮かび上がるナス畑。


「なぜ、こんなものが見える? 幻覚にしてははっきりしすぎ……いや、ミシャがこう言っていたな」



――生み出された世界は、心の思いが投影する世界。イメージが具現する世界――



「……これは、俺のイメージが具現したってことか」


 ナス畑のあちらこちらから、湿った呻き声たちが届く。

「どうして、ころしたの?」

「わたしたちは生きたかっただけなのに」

「あなたが殺した」



「それは……仕方ないだろ! 病気なんだから!! お前らを放っていたら、なすびたちは知性のない、ただのナスになる!!」


「だから殺すの?」

「それは……」



「殺す理由があれば殺す。それがお前なんだ」

「そ……そうじゃない!」



「王様を説得する選択肢もあったのに」

「待てよ、あの時は異世界に来たばっかりだぞ! そんなの浮かばねぇよ!!」


「だから殺しても仕方がない。それが答え?」

「……うるせい」


「仕方なく命を奪う。仕方なく奪われたんだ、私たちは」

「うるさいって言ってるだろう!!」



――そうやって、大声を出せば、罪悪感を誤魔化せるの?――



「え?」

 

 昏く、低い声、

 それは闇の中でありながら、より濃い闇。粘り気を帯びて蠢き、ゆっくりと人の形を模(も)していく。


「私たちは闇の世界に生きてきた。それなのに、あなたが消し去った」

「あ、あんたは……」


「あなたが光をつけたせいで、みんな死んだ」

「それは……知らなかったんだ! あんなことになるなんて!!」


「知らないから許されるの?」

「許される……とは思ってない。だけど、俺だけを責めるのはおかしいだろ。指示したのは神なんだぜ!!」


「神の名の下での行いだから、問題ない。ふふふ、素晴らしく崇高な理由」


「そんなつもりで言ったわけじゃ――」



――貴様はその神を奪い、混乱に導いた――



 壊れたアンプのような、ノイズ交じりの声。 

 怯えた瞳を声へ向ける。


 そこには、顔がぐちゃぐちゃに破壊された神官がいた。

「貴様が神を否定したせいで、私は殺された」

「あれは偽りの神だ! あんたたちを騙していた。あいつらは、生贄を捧げさせていたじゃないか!?」


「代わりに秩序があった。それを貴様が壊した。私は殺され、女は犯された」

「止めただろ! 代わりに新たな秩序を渡した!!」


「だから私の死など、どうでもいいと言うわけだ」

「そんなこと言ってない! 俺はただ、ただ、ただ……」

 

 言葉を生み出せず、途切れる。


「言い訳だ」

「そうだ、言い訳だよ」

「言い訳ばかりね」


「違う、違う、違う! 仕方がなかったんだ」

 手が震え、呼吸の間隔が短くなる。


「お前が殺した」

「あなたが殺した」

「貴様が殺した」


「だから、それは……」


――殺した、殺した、殺した――


「もう、やめてくれ。やめてくれよ……」


 俺は両耳を塞ぎ、その場にうずくまる。

 

 視界が狂う寸前、すぐ近くにあるはずの、あの冷たく沈黙した木の輪郭だけを、必死に脳裏に焼き付けようとしながら――。

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