第63話 外なるモノたちの会合
――半球外
半球の外に出たミシャたちは、何もない空白の別室に移り、そこでリョウと看板の様子が映し出されているモニターを眺めていた。
ミシャは三人へ軽い説明を行う。
「こちらでお二人の様子を見ることが可能です。私は準備のために少々席を外します。メルさん、お二人にこの部屋の使い方の説明をお願いできますか?」
「ええ、わかりました」
メルは勇者と魔王に説明を始める。
「この部屋は何もないように見えますが、椅子が欲しいと願えば生み出されて、飲み物が欲しいと言えばそれに応えて用意されますので~~~~」
その様子を横目にミシャは本を生み出し、開く。
開いた瞬間には、別の場所。
巨大な水晶を中核に、無数の結晶やその破片、光の塵が浮遊する大広間。
その煌びやかな世界の中心に、彼女は佇む。
破片の一粒一粒に、連綿と続く宇宙の歴史が映し出されている。
多くが交わり、慟哭し、歓喜する。
やがれそれらは失われた遺物となり、ただの知識として記録されていく。
まるで、風が吹いても音を感じることのない世界のように。
そんな部屋に、猫耳を持った少女がいた。
ミシャは、その少女へ話しかける。
「ミーニャさん、いらしていたんですね?」
「お邪魔してるニャ」
赤い魔導服に身を包む、紫の瞳を持つ猫耳の少女は、チロリアンハットを軽く指で上げて、真っ白なふさふさ尻尾を揺らす。
少女は猫の一族の長。
ミーニャは水晶の点滅を睨みつけて、疑問を短い一言に集約する。
「腑に落ちないニャ」
「何がですか?」
ミーニャは瞳を細め、尻尾を振り子のように揺らしながら、ミシャを睨みつけた。
「看板の心が壊れる……たしかに、かなり無理を押した機構ではあるニャ。にゃけど、連邦の技術で壊れるということが起きると思えないニャ」
「…………」
「まさかと思うが、意図的に壊したわけじゃにゃいよニャ?」
「ひどい嫌疑です。理由はわかっているのに、意地悪なことを言いますね」
ミシャは心外ですと言わんばかりに、無音のため息を漏らす。
そんな彼女の姿へ、ミーニャは尻尾をパタパタと動かしながら微笑みかける。
「感情が薄い割には、自分への悪感情に対して露骨に反応を示すのが面白いニャ」
「良いご趣味で……それで訪ねてきた理由は?」
ミーニャは再び、点滅する水晶の光を睨みつけた。
「オリジナルのリョウが旅した世界。その世界を育む無の神の存在。その神の干渉を受けてるニャね」
「ええ、そのようで」
ミシャもまた点滅を見つめると、ある一点に視線を集約させて、眉をひそめた。
「意図しない記憶領域の誕生。そこには『無』に関する情報が存在します」
看板はそれに気づいていた。それは、この場面。(※第23話 隠しパラメータより)
――――――
看板は一つ残り、自分の言動に疑問を抱いていた。
(なんで伝えたんだろう? それに……科学の力と神の力の情報まで渡しちゃったし。バグ?)
看板は猫の目を閉じる。
(内部スキャン開始……終了。エラーなし。壊れたファイルなし。全てが正常……ん、あれ? 新たに記憶領域が誕生? 内容は~~~~『無』に関する情報?)
目を開き、空へ視線を向ける。
「干渉を受けた? ……主に匹敵する何者かが僕に? 匹敵? あり得ない……いや、少なからず存在する。だけど、一体誰が、何のために……」
看板はさらに思考を深く沈めようとしたが、そこでぴたりと踏み込むのをやめた。
「僕の役目は彼を守り、見守り、誘導すること。どうでもいいや」
――――――
ミシャは点滅から目を放し、ため息を漏らす。
「ふぅ……本来、緩やかに看板さんの心は顕在化し、自己を獲得していく……という予定でしたが、無の神の干渉によって、それが加速されてしまいました」
「あの記憶領域には、オリジナルのリョウに関するデータが含まれてるニャね」
「はい、全てではありませんが。それでも、看板さんの心の形成を加速させるには十分すぎます。リョウの心の紙片たちは、看板さんの心の隙間を埋めて、その形を象っていったのでしょう」
「にゃけど、それは急速で歪だったニャ。未熟な精神に強力な心の負荷。耐えられずに、壊れてしまったのニャ」
「無の神に、その意図はなかったのでしょうが……」
ミシャは顔を横へ振った。
それは、無知なる存在への同情の表れ。
そこに内包された思いを、ミーニャが音にする。
「無の神は何も生み出せないニャ。ゆえに、心への理解がいまいちニャ」
「ですが現在、無の神はオリジナルのリョウの旅を通じ、彼と管理者のつながりに干渉することにより、創造の力を手にした。現状では唯一、管理者――『運命』と対等に渡り合える存在」
「そして――我々の敵ニャ!」
ミーニャは尻尾をピンッと立てて、毛をボンッと膨らませる。
膨れ上がった尻尾を見つめ、ミシャは緑に封じられた黒の瞳を静かに揺らす。
「強大な敵を前に、情報を得る必要があるとはいえ、リョウさんと看板さんにはひどいことをしてしまいました」
そこに内包するのは、罪悪感。
しかし、言葉の音色は無色。
声音にも態度にも、それを表さない。
だがそれは、たしかに広がっていく。
ミーニャの尻尾はそんな小さな波紋を敏感に感じ取り、しなりと下りた。
それでも話題を変えることなく、進める。
「……ミーニャは、念のために確認に来ただけニャ」
「そうですか」
「ミシャ、無の神の干渉の意図を、どう読むニャ?」
「おそらくは、圧勝という現状を面白く感じていないのでしょう。そのため、連邦や神や猫の一族といった他の種族に、『運命』の力の観測機会を与えようとしてるのでは?」
「敵が弱すぎて面白くニャい……連邦の発想に似てるニャね」
「……心外です」
再び無音のため息を漏らすミシャの姿を目にして、ミーニャはにんまりとした笑みを見せつつ、軽く手を振る。
「それではミーニャは帰るとするニャ。今の話は、あいつらには?」
「伝える必要性がありません。これは私たちの問題。彼らの物語には関係のないことですから」
「たしかにニャ。それではお暇するニャ」
ミーニャは尻尾を回すと、スッと姿を消した。
残ったミシャは点滅を眺めて、指先に光を集める。
「それでは、看板さんの心を紐解きましょうか」




