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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第十三章 超技術の世界

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第62話 知の峻嶺 (しゅんれい)

――魂の混融(シンシチウム)


 看板の心と俺の心をリンクさせて、壊れてしまった看板の心を癒すとミシャは言う。

 

 そのために、心の世界を模倣した疑似空間を用意する必要がある。

 そこは……俺と看板のイメージが交差する場所だそうだ。



 ミシャはちらりと勇者と魔王を見た。

 そして、僅かな沈黙を挟み、右手の手のひらを開くと――ポンっといった感じで焦げ茶色の本を生み出した。


「そちらのお二人には、本の姿がわかりやすいでしょう」

 

 この謎の言葉に、俺も勇者も魔王も首を捻る。

 ミシャは本を開いた。

 すると次の瞬間には――



「「「――っ!?」」」


 

 真っ黒な床と、透明な半球状の天井に覆われた施設内に立っていた。



 突然の出来事に、メルを除く俺たちは軽いパニックを起こす。

「な、何が起こったんだ!?」

「もしや、空間の魔法!?」

「いや、勇者。魔力を感じない。おそらく、それとは別系統の力だろう」


 俺たちの取り乱す姿に、ミシャは小さな会釈と共に謝罪を交えた。

「驚かせてしまい、申し訳ありません」

「ミシャ、これは? もしかして、科学的な転送みたいもの?」


「いえ、今のは転送でも空間を操る魔法でもありません。ただ、移動を省略しただけです」

「移動を省略?」



 ミシャは本を開き、ゆるりと語る。

「世界を一つの物語と仮定し、この本に封じます。そして、任意のページを開くと、そこから物語が始まるということです」



 この説明に対して、俺は理解に苦しむが、勇者と魔王は各々それなりの解釈で受け止めたようだ。


「なるほど、移動の省略。本の中には移動した事実はあるけど、その部分を読み飛ばして、読みたい場所から読み始めたってわけだね。つまり、この場所に移動した場面から」

「だ、だがこれは、世界を外側から俯瞰する者の力ではないか!? 言わば、神の御業!!」


 二人の驚愕を前に、ミシャの端正な輪郭が、ほんの少しだけ和らぐ。

「ふふ、そう受け取ってしまうのは仕方ありませんね。ですが、この程度であれば、私たち低次元存在でも十分に届く、知の範疇なんですよ」


「私たちにも? いや、そこにたどり着くまでに、一体どれだけの知識を積めばいいんだ?」

「連邦――神に匹敵する知と力を持つ、我々と同じ存在……なんともはや、言葉もない」



 この話についていけない俺は、メルに助けを乞う。

「メル……」

「そうですね、リョウさんにわかりやすく説明すると、動画サイトのシークバーでしょうか」

「シークバー?」


「例えば、10分先の場面に合わせてシークバーを押す。すると、動画は10分先から始まりますよね?」

「うん、そうだね」


「ですが、リョウさんが視聴しなかった9分間の動画が存在しない、というわけにはなりませんよね?」

「そりゃね」


「今回は移動に費やしてた9分間を省略して、移動が終えた10分の場面から動画が見始めた、という状況です」

「……はい」


「ただ、視聴する存在とは違い、リョウさんたち自体が動画の世界にいる存在……視聴者は9分の内容を把握できませんが、リョウさんの記憶には、その9分の記憶が宿っていますよ。少し前を、思い返し見てください」



「少し前……」


 メルに言われた通り、あの広場からの場面を思い起こす。

「…………うわ、ほんとだ! 歩いてここに向かっている記憶がある!! 途中で魔王が自動ドアに興味をもって、勇者と話していた記憶がある!!」


 魔王が透明なガラスのような自動ドアの前でしゃがみ込み、

『これならば油圧を使い、床を踏むということで再現できそうだな』

 と、言っている傍で勇者が、

『そんな面倒な機構を使うより、魔石の反応を利用して、動かせばいいじゃないか』

 と、話していた記憶がしっかり残ってる!!



 記憶があるはずなのに、記憶があると認識できない妙な感覚。


 俺はそれに吐き気を覚えた。

「うぷっ、なんか気持ちが悪い」


「慣れないうちは、記憶に混乱をきたしますからね。ですけど、脳への深刻な影響などはありませんよ」

「そうなの、メル? じゃあ、問題ない力なんだ?」

「はい……もっとも、猫の一族とは相性の悪い力ですので、私個人としてはあまり好まない力ですが」



 そう言って、メルはちらりとミシャを見た。

 ミシャはシャープな眉と眉の間に皺を生む。

 彼女の感情表現は分かりにくいが、あの皺は申し訳なさで生まれたものだと思う。



 俺は場の空気を変えるようにふ~っと息を吐き、ミシャへ話しかけた。

「移動の理屈はもういいや。ここで何をすればいい?」


 肩に背負った看板を見上げ、すぐにミシャへ視線を戻す。

「看板を救うために……」


 

 この言葉を受け取り、ミシャはただ静かに、こくりと頷いた。

 


――その後、透明な天井と黒い床に挟まれた施設内に俺と看板だけを残して、みんなは外へ出ていった。



 この部屋で、俺と看板の心を繋ぐらしい。


 天井からミシャの言葉が降ってくる。

「では、看板さんを中央の床へ。そこにくぼみがありますので」


 言われた通り、部屋の中央へ。

 くぼみがある。ここに看板を突き刺せってことらしい。

 そこへ刺そうとしたが、わずかに押し返されるような感触があった。

 だから、力を込めてぐっと押し込む。



――あのさ、リョウ。僕は君と違って繊細なんだからね――



 そんな嫌味を描くこともなく、看板は冷たく沈黙したまま……。

 

 一瞬だけ、柄(え)を握る手に力が籠る。

 すると、現実へ引き戻すように、再びミシャの声が降ってきた。


「今から看板さんの心にアクセスして、彼の心象風景を表します。リョウさんはそこに現れた看板さんと接触してください」

「接触してどうすればいい?」



「それはあなたが考えることです。迷い、歩みを止めてしまった友へ、あなたがどう向かい合うのか……それは、第三者が介入すべきことではありません」


 一見、冷たく突き放したアドバイスのようにも思えるが、道理なのかもしれない。

 重く、深い問題のただ中で、通りすがりの誰かから『がんばれよ』と声を掛けられても何も響かない。


 それが善意の塊であったとしても……俺たちの時間を、その人は知らないのだから。



「……わかった。俺が思うようにやるよ」


「それでは、準備をいたしますので少々お待ちください。準備が終え次第、心象風景が現れますので、リョウさんは心の準備を」

「心と向き合うための心の準備か。フフ、皮肉ってわけじゃないけど、ちょっと小気味いいね。よしっ、いつでもこい!」


 看板をじっと見る。木目には何も浮かばず、ささくれだった表面があるだけ……。

 そこには無駄に煽ったり、急に距離を詰めてきたり、とても冷たい言葉を放ったり、冗談を描いたりしていた看板の姿はない。


 でも――

(すぐにお前を目覚めさせてやるぜ。また話せるようになったら、今まで黙ってた分、めちゃくちゃ話してやるから、覚悟しとけよ!!)

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