第61話 ごめんなさい
キシキシと鳴く拳を震わせながら、ミシャへ尋ねる。
「そのために、俺や看板を作り、利用したのか……?」
「……」
「あんたらは、管理者の『運命』という力を手に入れたくて協力したのか! そのために、偽りの記憶を植え付けた俺や、情報と心を混ぜ込んだ看板を――生み出したのかって聞いてんだよ!!」
俺はミシャに詰め寄り、両手で彼女の胸ぐらを掴んだ。
それに対して彼女は、一切の抵抗を見せない。
メルと勇者と魔王が止めに入る。
「おやめください、リョウさん!」
「気持ちはわかるが、相手が悪すぎる!」
「少年、感情に支配されるな!」
「うるさい! こいつが、こいつが――」
「……そのことについて、一言、お伝えすべきことがあります」
「なんだよ!」
「ごめんなさい」
「…………は?」
突然の謝罪に呆気に取られて、掴んだ胸ぐらを緩めてしまった。
彼女は数歩後ろに下がると、深々と俺に頭を下げて、謝罪を重ねた。
暗号のような羅列を前に置いて……。
「管理者より受注した際、本来行うべき『依頼内容の存在階層検証』と『倫理プロトコルの適用』を怠ってしまいました。管理者という禁忌階層存在からの接触に対し、集積システムの認知系が過剰反応。未精査のまま取引プロセスを実行してしまったことは、完全に我々連邦の落ち度です。深くお詫び申し上げます」
脳みそが理解を拒む、謎の言葉の群れ。
そのせいで、一時的に、怒りが混乱へと変わる。
「えっと……何を言ってるんだ?」
「一言で言えば、未知の存在を研究できると舞い上がって、倫理規定をなおざりにした、ということです。そのため、ご迷惑をかけたようで、申し訳ございません」
そう言って、またもや頭を下げた。
俺は感情の行き場を失い、メルに尋ねる。
「なに、悪意はなかったってこと?」
「そのようですね」
「だからって、謝って済む問題じゃないよね?」
「はい、そう思います」
メルとの会話で、一度頭と心を整理して、再びミシャへ声を荒げた。
「ふ~……ふざけんなよ。結局のところ、あんたたちの好奇心のおもちゃにされたってことだよな!」
「返す言葉もありません」
「俺や看板がどれだけ傷ついたかわかるか! お前がどんなに頭を下げたって、俺たちの怒りや苦しさは消えないんだぞ!!」
「はい。私では、その痛みの一端すら理解できないでしょう。私にできることは、謝罪のみです」
と、頭を下げる。
彼女の対応はまるで機械のようで、俺がどれだけ感情をぶつけようと、何も響いていないように感じる。
俺は振り上げた拳の行き場を失い、ただ口を閉じた。
すると、ミシャは俺に近づき、不意に俺の顔を両手で掴んだ。
「失礼します」
「――なっ!?」
ミシャの新緑と黒が溶け合う瞳が、真っ直ぐ俺の黒い瞳を見つめてくる。
「私は、私たちは感情表現がとても苦手です。ですが、あなたの怒りを理解しています。謝罪の思いも有しています。それをあなたに伝えることは、とても難しい。たとえ伝えられたとしても、あなたの心を癒すことはできないことも、理解しています。私にできることは、謝罪だけなのです……申し訳ございません」
じっと見つめてくる、無機質な瞳。
それでも、その奥には僅かな揺らぎがあり、それが彼女なりの不器用な悲しさであることが、なんとなく伝わった。
俺は彼女の手を掴んで、降ろし、納得はできないが、無理やり納得することにした。
「はぁ……もういいよ。あんただけを責めても仕方ないし」
「……私たちの決定によるもの。総意ですので、責めても構いません。それに――」
「なんだよ?」
「あなた方の犠牲を知りながら、好奇心に勝てなかったことも事実です。その事実がある以上、私に対する怒りは正当なもの。いかなる誹りも受けて当然かと」
「……ああ、そうだな。俺はあんたたちを罵倒する権利がある。だけど、それをしても……」
俺は肩に乗る、何も語らない看板を寂しげに見つめた。
「看板は帰ってこない」
「…………」
「あんたたちが悪いと思っているなら、看板を元に戻してくれるか?」
「ええ、もちろん。ただし、一つだけ問題があります」
「なんだ?」
ミシャは視線を上にあげて、静寂に沈む看板を見た。
「看板さんは曖昧な心と、明瞭な情報が複雑に絡み合った機構です。機械的な技術は私たちの技術で修復可能ですが、心となるとカウンセリングの領域となります」
「カウンセリング? 医者に診てもらえってこと?」
「それは不可能です。心と情報。無機と有機が溶け合った意思に、医者の手も技術者の手も届きません……届くモノは、ただ一つだけ」
「……なんだ、それは?」
「同系統の心を持つ、あなたとの魂の混融です」




