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世界が滅びたので、看板を片手に旅に出ます~世界を救う相棒は、口の悪い一枚の看板でした~   作者: 雪野湯
第二章 明かりをつけ忘れた世界

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第6話 神の介入不可・人なれば良し


『ここは、闇の中に揺蕩(たゆた)う影たちが汚染する世界』(by.看板)



「ひっ!」


 俺は人の形をした影たちを前に、小さな悲鳴を上げた。

 慌てて口を両手で押さえ、彼らに音が届かないように努める。 

 しかし、彼らは俺のことをまるで存在しないかのように振る舞い、まったく興味を示してこない。



 彼らの多くは、ざりざりと砂を踏みつけるような音を立てながら、足腰が弱った老人が歩くように、のろのろと動いている。

 中には、マネキンのように固まった人も。



 目の前にいる女性の形をした影を見た。

 真っ黒なので服を纏っているのかどうかもわからない。

 ただ、艶めかしい女性のラインだけがくっきりとわかる。



 まじまじと見つめるのもどうかと思うので、頬に火照りを覚えつつも目を逸らす。


 すると、看板が奇妙なことを書いてきた。


「ふ~ん、女性を見て照れてるんだ?」

「ん? 今のどういうこと? 俺がエロいってこと?」

「さぁ?」


 この看板、たまに意味深な態度を取るが、それが何を意味するのかさっぱりわからない。

 尋ねても「ひ・み・つ」とかで誤魔化すし……信用はならない存在。そういう認識で接しないと。

 

 看板に警戒しつつも、それを表に出さずに、この影たちについて尋ねてみる。


「この人たち何なの? 俺のことを無視してるけど?」

「彼らは光の下で人になるはずだった。でも、光がないから、闇に溶け込み、人の意識だけを模倣した異物となったんだ」

「それじゃ意味がわからん」


「そうだねぇ……残滓。残りかす。存在しているようで、存在しない存在かな」

「ますますわからん。それで、俺のことを無視する理由は?」


 看板に猫の目と口が生まれた…………なんでこいつ、猫を描写するんだろうか?

 謎が多すぎてどこから手を付けたらいいかわからない。

 とにかく、目の前の疑問から一つ一つ解決してくほかなさそうだ。



 看板は、彼らが無視してくる理由を伝えてきた。

「認知領域が違うから」

「もっと詳しく説明しろ。噛み砕いてな」


「もう~、わがままだなぁ。君と彼らでは時間軸も空間認識領域も全く別物なの。一言でいえば、次元が違う。彼らからすると、君は精霊のような存在。見ることも触れることもかなわない存在なんだよ」

「俺が精霊ねぇ。でもさ、さっき俺は……なんか、柔らかいものを……」


 闇の中で触れた柔らかさを思い出し、それを誤魔化すように両手をこすって、もごもごと言葉を漏らす。

「その、触ったけど……」


「それは彼らに触れることが可能な高次元領域に、君がいるだけだよ。絵は君に触れられないけど、君は絵に触れられるのとおんなじ。ま、僕から見れば、どっちも低次元存在だけどね」


「また、一言多いし。とにかく、影たちは俺のことわからないわけね」

「そゆこと」

「じゃ、周りを気にせず……なんだっけ、スイッチ? 光をつければいいわけ」

「そうそう」


 俺は辺りを見回す。影たちが微妙に位置を変えている。

「光の下で人になるって言ってたけど、明かりをつけると人間になるの?」

「そだよ」

「そっか、そうなったらゆっくり話せるかもな。食料とか分けてもらえるとありがたいけど」


 

 このあと、看板にスイッチの場所を尋ねてみたが、教えられないとさ。

 仕方なく、当てどなく探し回ることにした。



――――

 魔導の力という、科学とは違う奇妙な力を宿した暗視スコープを頼りに、闇を彷徨(さまよ)う。

 歩き進めるたびに、影の人の数が増えてきた。なんとなく人が多い場所を目指してみる。

 時折、彼らの肩などに触れるが、彼らはまったく気にしない。 

 俺と看板の会話も、聞こえていない様子。



 会話……ふと気になり、目の前にいる影の男性の口元に耳を寄せてみる。


「さー、びす……ざん、ぎょう……」


 耳を離して、俺は眉をひそめる。

「嫌なフレーズが出たなぁ。この人、仕事中なのか?」

「そうじゃないよ」

「どういうこと?」


「仕事をしている人の意識の残滓ってだけ」


「残滓かぁ。意識の残りかすで仕事のこと考えているって、よっぽどの仕事好きか、もしくは劣悪な環境で酷使されてたんだろうな」


 そんな取り留めのない会話を行いながら歩き続けると、巨大な交差点のような場所に出た。 

 その周りには大勢の影たち。

 中心には、扇状の鉄の塊っぽいのに、棒が突き刺さって、左に傾いている物体があった。


「スイッチって、これ?」

「いぐざくとり~」

「左にあるから、右に動かせばONになるのか? 結構歩いたけど、それだけの話で、ナスの収穫と比べれば楽勝だな。でも……」



 俺は手に持っていた看板を真っ黒な地面に刺して、じっと見下ろした。

「これ、俺がやる必要なくない? ナスの時は宗教的理由みたいのがあったけど、こんなもん、この世界の神様とやらが、ガッチャンって動かせばいいだけでは?」



「世界創造のルール。創造した世界に高次元存在は介入してはならない、ってのがあるの」



「介入が駄目? ということは、創造に失敗したら諦めるしかないってこと?」

「そうなる。でも、放置するのはもったいないから、君のような低次元な存在に、手直しさせることにしたんだよ」


「低次元な存在に頼るしかないなんて、高次元存在が聞いて呆れる。んじゃま、スイッチを動かすか」


「あ、暗視スコープは取っておいた方がいいよ」

「そっか、明かりがついたら目をやられるもんな」


 

 スコープを取ってから、両手で鉄っぽい棒を握る。

「――っ痛!」

「どうしたの?」

「なんか、端がささくれ立ってたみたいで、軽く指に刺さった。血が出てる。もう~」


 看板の薄暗く光る文字に指を近づけると、血が小さな玉となって小指の先にたまっていた。

 小指の先をちゅーちゅー吸う。

 血はすぐに止まった。大した傷じゃなかったみたいだ。

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