第5話 ただいま停電中
――ベッドだけがある草原
ベッドの上でニンジンを生で齧る。
「うむ……甘みがあってうまいが、好んで生で食べたくないな。なぁ、看板。火を出すとかできない?」
「善行ポイント1Pで、カセットコンロを出せます。鍋は別売り」
「あ、あこぎな真似を……」
仕方なく野菜を生で食べることにする。
「むしゃむしゃ。う~む、食料の確保のほかに生活用具もそろえないと。水すらないしな。看板、水は何ポイント?」
「10リットルで1P」
「10リットル……入れ物は別とか言わないよな?」
「言わない言わない」
「じゃ、購入する。水がないとさすがに死ぬしな」
「まいどあり~。残りは4Pで~す」
看板は猫の目を表示して、数度瞬きを行う。
すると、ペットボトルに入った水が十本出てきた。
早速一本を手に取り、それを飲む。
「んぐんぐ、美味い」
「だろうね。原始星・L1448-MM産の高級天然水だから」
「どこなのそれ?」
「宇宙。時速約20万キロで、水を一杯放出してる場所」
「だからどこなの、それ!?」
なんにせよ、腹は満たされ、喉も潤った。
だからと言って、ここで時間を費やすわけにはいかない。
世界を復元するという目標もあるが、まずは生活の基盤を整える必要があるようだ。
そのためには……。
穴ぽこがある方角を見据える。
(異世界から必要品をゲットして持ってこないと。ポイントに頼ってたら、いつまでたっても貯まらないし)
ベッドから立ち上がり、地面に刺していた看板を引っこ抜く。
「よし、行くぞ。どこの穴に向かおうか? おすすめとかある?」
「てめぇの事はてめえで考えろ」
「だからなんで、時々口が悪くなるの? 情緒不安定過ぎない?」
「それはね、僕に足りない部分を、地球のネット知識で補ってるから。だから、仕方がないよ」
「地球? それって、どっかの星?」
「……………………………へぇ~」
長い沈黙の間。さらに、木目にはちらつきが走る。
「なんだ、そのやたら長い沈黙は? 表示も少しおかしいし」
「何だと思う?」
「わからんから聞いたんだよ!」
「すまんのぅ、最低限のアドバイスや情報を与える権限しかないもんでな」
看板は3の形をした唇を表示し、鳴らない笛を吹いて誤魔化すような態度を取った。
俺には、こいつが提供できる情報の質や基準などわからない。
だが、これ以上、話していても時間の無駄だというのはわかった。
俺はベッドから離れた穴ぽこ地帯に向かう。
そして、なすびの世界から少し離れた場所にある穴ぽこの前で、祈るように両手を合わせた。
「どうか、自然豊かで日用雑貨が溢れる世界でありますように。行くぞ!!」
俺は看板を片手に、新たな世界へ旅立つ。
――――
黄金と紫が溶け合う渦に触れる。
世界が歪み、緩やかに整う。
広がった世界は――真っ暗闇!?
「み、見えない。え、夜?」
「夜じゃないよ。ここは、神が光をつけ忘れた世界」
「神? 光? って、おまえ、文字がうっすら光ってる!?」
真っ暗で何もない世界で、看板の文字だけが、夜光塗料のような小さな光を灯して浮かび上がっていた。
「暗いとさすがに見えないからね。頑張ってみた」
「それはありがたいが……でだ、今回俺は、ここで何をすればいいの?」
「明かりをつけてほしい」
「明かり?」
「そう。神が明かりをつけ忘れたから、それをつけて、この世界に光を届けるのが今回の仕事。そのスイッチがどっかにあるので、探してパチッとONにするだけ」
「いやいや、簡単に探せというけど、こう真っ暗じゃ」
俺は暗闇に向かって手を伸ばす。
看板の淡い光から少しでも離れると、手は暗闇に包まれて何も見えない。
俺は手を振りながら、看板へ愚痴をぶつけようとしたのだが……。
「こんなんでどうやってスイッチを探せ……ん?」
「どったの?」
「なにか、ある?」
指先が何かに触れた。
手のひらで擦ってみる。
「柔らかい。で、あったかい――こ、これは!?」
暗闇に潜む物体に手のひらを這わせていくと、椀状の形をしていた。
それを掴むと同時に、驚くほどの柔らかさと弾力が手に伝わってくる。
慌てて手のひらを戻す。
「今のって……胸? 女性の? いやいや、そんなバカな!」
もう一度、手のひらを伸ばしてみる。しかし、そこには何もない。
「……なんなの?」
周りを見渡す。もちろん、暗闇で何も見えないが、なんとなく何かがいる気がする。
背筋に寒気が走り、俺は無意識に自分を抱きしめた。
「いるよね、ナニカが。少し――いや、めっちゃ怖いんですけど……」
「気にしなくていいよ。人畜無害だから」
「それっているってことだよな! やめてくれよ、なんにも見えない場所で何かいるなんて!」
「はぁ~、仕方ないなぁ、君は……」
猫の目が浮かび、数度の瞬き。そして――
「ぱっぱぱ~ん♪ まどうしき、あんしすこーぷ~」
空中に淡い光を放つ、双眼鏡の形をした眼鏡っぽいものが現れた。
俺はそいつを見ながら看板に尋ねる。
「魔導式暗視スコープ?」
「うん、音は今風にしてみた」
「何の話?」
「まぁまぁ、それよりもこれがあれば、この暗闇の世界でもちゃんと見えるようになるよ」
「それは便利だな。では早速」
「2ポイントです」
「ポイント取るのかよ!」
「いらないの?」
「いるよ! ないと何もできないしな!」
「まいどあり~、残りは2Pで~す」
俺は苛立ちながらも魔導式暗視スコープとやらを装着することにした。
その途端、真っ黒で何も見えなかった世界が、朧げに形を成して、その姿を両目に宿せるようになった。
そこにあったのは……。
「木も、草も、建物も何もない、ただの地面? ――え!?」
ただひたすら大地が広がる場所には……無数の人影が蠢いていた。




