第59話 語らぬ友情
――連邦に行くことはできるのか?――
この問いかけに、メルは驚くほど簡単に答えを返してきた。
「はい、可能ですよ」
「――本当か!? 看板には連邦の技術が使われてる。そこに連れて行けば、看板を元に戻せるかもしれない!!」
「看板さんに連邦の技術が? にゃふ……」
メルは片耳を下げて何かを思案する仕草を見せた。どうしたんだろうか?
「メル、何か疑問でも?」
「……そうですね。看板さんに連邦の技術が使われているのでしたら、連邦は初めから管理者と通じていたとなりますから、少々気になりまして」
「あ、たしかに」
管理者と連邦はつながっている。彼らは協力関係? それとも、利害で結びついた関係なのか?
それらは、俺にはわからない。だけど、今わかっていることは一つ!
それは――
「繋がっていたとしても、看板を元に戻せるのは連邦しかいない。いや、むしろ好都合。連邦なら、どうにかできる可能性が高いってことだからな」
「連邦の思惑がわからない状況での接触は、リョウさんが不利益を被る可能性がありますよ?」
「かもな。だけど、ここで案山子のように突っ立ってても事態は好転しない。あれだ、虎穴に入らずんば虎子を得ずっていう状況だな」
「……たしかにそうですね。わかりました、連邦へ案内しましょう」
勇者と魔王は『連邦』の存在が気になったようで、それについて言及してきた。
「その『連邦』というのはなんだい?」
「何かしらの組織ということはわかるが」
これにはメルが答える。
「連邦は宇宙最強の組織。私たち物理存在の頂点に位置し、物理存在でありながら、エネルギー体である神や精霊などに匹敵する文明と知識を誇ります」
「私たちの最高進化系というわけか」
「それはぜひとも見てみたい。リョウ、我らも共にしてよいか?」
「ああ、構わない。むしろ、こっちから頼みたいくらいだ。ボディガード役にね」
二人に向かって片目をパチッと閉じる。
すると二人は、顔を綻ばせた。
「ははは、その連邦とやらに、私たちの力がどこまで通じるかわからないけど、やれるだけのことはやろう」
「それに、看板が復活しなければ、我らもリョウにポイントを渡せぬからな」
「ポイント?」
「貴様がいない間も、我と勇者は交代で善行ポイントを集めていたのだ」
「看板を放っておくわけにはいかないけど、二人でここに残っていても仕方がないからね」
「そうだったんだ。でも、10%の取り分が2%に減ってんだよなぁ。どのくらい貯まったの?」
「5000万。リョウへの支払いは100万だよ」
「……はっ?」
何かの聞き間違いだろうか? 俺は小指で耳をほじってから、もう一度尋ねてみた。
「いま、なんポイントって言ったの?」
「5000万。そして、100万ポイント。これがリョウへの支払額だ」
「はい! そんなに貯めたの? ここを離れて、そんなに経ってないと思うけど? せいぜい二日くらいじゃない?」
「いや、半月は経っているよ」
「半月!?」
俺の驚きに、メルが補足を入れてきた。
「穴ぽこの向こう側とこちら側では、時間の流れが違いますから。それに、リョウさんの空間偏差の挙動から、二つほど世界を経由しているご様子。そのため、誤差が大きいのでしょう」
「そんなのがわかるんだ。たしかに、地球を経由して――あ、そういえば地球で、ミーニャって人に会ったぞ。メルの長みたいな人なんでしょ?」
「ミーニャ様に!? それはうらやましい。私は遠くからお姿を拝見したことがあるだけで、拝謁はしたことがありませんから……はぁ、本当にうらやましい」
メルは何度もため息を漏らして、ミーニャに会ったことのある俺を恨めしそうな瞳で見ている。
あの子、そんなに凄いようには見えないんだけどな。お弁当屋さんがどうのこうのと言ってたし……。
俺は勇者と魔王に向き直り、話題をポイントの話に戻す。
一つの疑問を携えて。
「なぁ、二人とも。なんでそんなにポイントを貯めたの? 100万で十分なのに」
この問いに、二人は互いに柔らかな笑みを見せあう。
「5000万稼げば、君の取り分は100万。これならいつでも管理者と会えるだろ」
「勇者……俺のために、二人は……ありがとう」
「気にする必要ないぞ、少年。暇つぶしの延長だ」
そう魔王は言ってくれるが……二人の衣服は少し煤けて、ところどころ傷ついていた。
(二人とも、本当にありがとう)
彼らの思いやりを穢さぬよう、心の中でお礼を述べる。
だけど、その際、つい小さく頭を動かしてしまった。
その動きで二人は俺の気持ちに気づいてしまったようで、頬を掻いたり、明後日の方向を向いたりと、照れを誤魔化していた。
魔王は一つ咳払いをして、緩んだ空気を消し去る。
「ただ、譲渡に問題があってな。看板がいないと譲渡はできぬそうだ」
「あ、そうなんだ」
「リョウ、救いに行かねばな」
「ああ、魔王。ポイントだけじゃなくて、話もしないと……」
何も語らない看板へ、瞳だけを動かす。
整った木目を見せているが、表面ががさつき、そこから廃墟に放置された板切れのようなもの悲しさを感じて、俺は思わず瞳を逸らしてしまった。
軽く首を横に振り、意識を勇者と魔王へ向ける。
そして、俺はポイントについてアスカから聞いた重大な秘密を、二人へ渡そうとした。
「いま二人は、4900万ポイント持っているんだよね。だけど、そのポイントはたくさん持っていても――」
「ああ、神に会うくらいにしか使えないね」
「この草原の世界で、モノを生み出すには使えるがな」
「――え、二人とも気づいていたのか?」
「当然だよ。依頼のほとんどが神からのもの。となると、ポイントは神の力に属するもの」
「その力を利用して神に対抗しようとしても、神の内なる領域からは出られぬ。ゆえに、我らの力で抗うほかない」
「私たちも鈍くない。依頼をこなしているうちに、君と同じで気づいていたよ」
「……ははは、そうか、二人は気づいていたんだ」
俺はアスカから言われるまで気づかなかった……これは黙っておこう。
俺は気を取り直して、メルへ話しかける。
「メル、連邦への道を!」
「はい。私だけでは力不足ですが、穴ぽこの空間流動力を利用して、流れを変異させたのちに、連邦へつなげましょう。皆さん、こちらへ」
――穴ぽこ
メルが紫の宝玉が付いた魔導杖を掲げると、無数の穴ぽこが揺らぎ始め、幾重にも重なっていく。
やがて、幾重もの時空が無理やり抉じ開けられたかのように、巨大な穴ぽこが広がり、激しい明滅を繰り返す、紫と黄金が混じり合う渦となった。
「私が先に入って先導します。皆さんはあとから続いてください」
メルはそう言って巨大な穴ぽこへ向かう。
俺は無言の看板を手にして、肩に置き、彼女の背中を追う。
柄を握る手には、温かさも冷たさもない空虚な熱が伝わる。
(看板……待ってろよ、すぐに元に戻してやる。戻って、話せるようになったら……いっぱい話そうな)




