第56話 想像を剣に
――朝<リョウパート>
俺は明け方近くまでヤマタノと対戦格闘ゲームで遊び、その後一眠りした頃に、ミュールとアスカが謝罪行脚から帰ってきた。
アスカは髪の毛をかき上げ、ヤマタノにおでこを見せながらおしゃべりをしている。
「おでこ、擦り減っておらぬかの?」
「生え際が後退してるの~。もう手遅れなの~」
何の話をしているんだか……俺はミュールへ顔を向ける。
彼女はいま、二股に分かれた巨木を地面に設置している最中だった。
なんだろね、あれ?
その謎はひとまず置いて、時折目をしばしばさせているミュールに声をかけた。
「大丈夫か? 結局ほとんど寝てないんだろ」
「ご心配ありがとうございます。ですが、眠らずに調合作業を行うのは日常茶飯事ですので。この程度なら」
絶対体に悪い、と思ったが、ミュールは眠気に負けることなく黙々と設置作業を続けている。
今は二股に分かれた巨木に、ゴムのように伸びる紐と椅子を取り付けている……本当に、何を設置しているんだろうか?
それを問いかけようとしたところで、背後からアスカが話しかけてきた。
「リョウよ、ちくと話がある」
「うん? ああいいけど、どうしたの?」
「おぬしは管理者をぶん殴ると言っておったな」
「ああ、それくらいしてやらないと気がおさまらない」
そう言って、俺は拳を何度も振り回す。
「だから、そのために、まず善行ポイントを集めないと」
「そのポイントじゃが、管理者相手には無意味じゃぞ」
「――えっ?」
「善行ポイントの力の根源が何か知っておるか、リョウ」
「いや、それはまったく」
「善行ポイントとは……神の力そのものじゃ。神の力の一部にしかすぎん。つまり、どれだけ集めようと、神は超えられぬ」
「そ、そんな……でも、別に俺は神を超えたいわけじゃない! ただ管理者を一発――」
「残念ながら、管理者を殴るという行為にも届かぬのじゃよ」
「届かない? いや、管理者がどんなに凄いやつでも、百万、一千万と集めてそれを使えば!!」
しかしアスカは、ゆっくりと首を横に振る。
「力の性質が違うため、絶対に不可能なのじゃよ」
「力の、性質……?」
「おぬしが振るう力は、おぬしの次元に合わせて発動しておる。しかし、ワシら神や管理者はその次元そのものが違う。そのため、どれだけ善行を積み、巨大な力を手にしても、かすり傷一つ負わすこともできぬのじゃ」
これに続き、ヤマタノがアスカの言葉をわかりやすく噛み砕く。
「絵の最強キャラはリョウを倒せないの。それと同じなの~」
俺はわなわなと震える拳を握りしめ、そのまま何もない空間を殴りつけた。
「つまり、三次元の俺じゃ、あんたら高次元の存在に触れることすらできないってことか!!」
「ピンポンなの~。でもでも~」
ヤマタノはアスカをちらりと見た。
そのアスカは神とは思えない、邪悪な笑みを見せる。
「ひひひ、何事にも裏技、抜け道があるものじゃぞ、リョウよ」
「な、なんだよ、それは?」
「簡単なことじゃ。舞台が違うならば、同じ舞台に立たせてしまえばよい」
「は?」
「良いことを教えてやろう。人間には高次元存在を超える力が……いや、高次元存在が苦手とする力がある」
「それは……なんだ?」
「――想像力じゃ」
「想像力?」
「想像力は未熟な存在が最も得意とする力じゃ。特に管理者は神以上にそれを知らぬ。力は巨大じゃが、無垢で無知すぎる。ゆえに、想像を剣とせよ。盾とせよ」
「想像の剣と盾……」
「かつて、おぬしの素体であるリョウも巨悪に挑み、想像を武器に勝利を得ておる」
「――え!?」
「と、ヒントはここまでじゃ。あとは、ない頭をこねくり回すがよい」
「ないは余計だよ! まぁ、頑張って考えてみるさ」
「ふふ、前向きでよいの……あと一つだけ、先の話をしよう」
「まだ何かあるのか?」
「――ある。とても重要で面倒な話がの」
アスカは空を見上げたかと思うと、ため息とともに地面を見た。
「低次元存在が高次元存在を傷つける意味――即ち! 宇宙の法則を、世界の理を破壊すると同義。そのため、そのような事象が起きれば、必ず巨大な修正力が働く」
「どんな力が働くってんだ?」
「おぬしが管理者を殴るということは……管理者を超えた存在と認められるべき事象なのじゃ」
「それはどういう……?」
「アスカさ~ん、こちらの準備は終えましたよ~」
「おお、そうか。行くぞ、リョウ」
「いや、話がまだ途中だろ?」
「もはや十分に尽くした。あとは考えよ。考え、考え尽くして、手にせよ。それが人間たる証――リョウよ!」
アスカは真っ直ぐと、俺に人差し指を突きつけた。
「望めば、全てが救えるぞ。おぬしが理不尽と感じたすべてが覆る」
「…………へ?」
「ほら、ミュールが呼んでおる。行くぞい」
アスカは軽やかな足取りでミュールに元へ向かう。
その後ろには、巨大な毛玉の後姿をしたヤマタノが続く。
俺は伝えられた言葉を心の中で反芻する。
(殴るために同じ場所に立たせる。想像を武器に……だけど、殴れば管理者を超えたことに。つまり、その時、俺は……)
先に広がる世界が、ぼんやりと形作られていく。
その未来に、俺の居場所は……。
アスカを見つめ、先にある世界に対して寂しさを交えた笑みと、彼女への感謝を浮かべる。
(女神のような神もいれば、あんたみたいな神様もいるんだな。ありがとう、覚悟のための準備時間をくれて……)
そう、俺は殴る覚悟をしなければならない。
殴らずに終えるという結末もある。それが最も平穏で、人としての生き方として正しいのかもしれない。
たけど――
「舐められっぱなしってのが性に合わねぇ。たとえ、俺という世界が崩壊しようとも、俺の思いを!」
握りしめた拳を睨みつける!!
「必ず、管理者の顔面に叩きつけてやる!!」
俺はそのための一歩を踏み出した。
(まずは看板と話すことだ。あいつと話して、考えよう。考えて考えて考え尽くして、道を作ろう。そして、作った道を……歩もう)




