第55話 誰にもわからない
ミュールはアスカが生み出した看板の姿を見つめ、短い納得の声を上げた。
「ふむ」
しかし、その納得は新たな疑問を呼び寄せる。
「でしたら、リョウさんを通して私たちの世界を学ばせるのではなく、連邦そのものが情報を提供した方が、効率が良いのでは?」
「それがのぅ、それでは面白いことにはならんのじゃ」
「はい?」
「管理者が自ら情報を集める。その結果として生まれ出る事象が、ワシや連邦にとってめっちゃおもろいことになるということじゃ」
「ろくでなしのおちゃらけたアスカさんと、真面目な連邦が面白く感じる事象?」
「だからオブラートに包んでほしいのじゃ! ミュールならば、連邦の特性から鑑みて、すぐに予測がつくじゃろう」
「連邦の特性――理念、それは……」
・干渉を慎み、歩みを尊ぶ。
・己が道を拓き者こそ、未来を創る。
・いずれは越え行くを願い……。
「連邦は友を求む。強敵と書いて『友』と呼ぶ存在を……」
「つまり、脳筋じゃな」
「端的に言ってしまえばそうなりますが……ということは、連邦は今回の出来事で、敵が生まれることを予測した。連邦という組織を打ち破るほどの可能性を持った敵の誕生……でも、積極的に介入はしない。これは理念に沿って――いえ、違いますね」
ミュールの表情に険しさが増す。
黒の瞳の奥に錬金術師としての力の性質を表す、双螺旋の炎輪が静かに浮かぶ。
それは、常識という枠を絶えず成長させていく光。
彼女は僅かな情報で、終着を見据えた。
「管理者は、そもそも私たちの世界には存在しえない力……それにより……リョウさん……神が恐れ……連邦が望み……アスカさんが喜ぶ――――」
ミュールもまた予測を完遂させる。しかし、たどり着いた答えに疑問符を乗せた。
何故ならば、常識外れの彼女が常識を疑うほどの答えだったからだ。
「それは可能なんですか、アスカさん!?」
「可能じゃろう。な、面白そうじゃろ」
「たしかに、人間の私や連邦にとってみれば興味深い事象です。ですが、アスカさん! 神であるあなたにとってこれは――――完全なる自己否定になりますよ!!」
風のない宇宙にありながら、突風が肌を叩く感覚をアスカは覚えた。
それほどまでに、ミュールの言葉は重く、激しいものだったのだ。
だが、アスカは冷たく笑う。
「フッ、この程度で否定され、自壊する存在など、いらぬよ」
「アスカさん……」
「全知全能というぬるま湯に浸りすぎなのじゃ、ワシらは」
宇宙の静寂が、アスカの言葉をゆっくりと呑み込んでいく。
彼女は……全知全能を超えた可能性を求める神……とでも、言うべきだろうか。
踵を返し、無言で青い靄へと向かう。
それを見送るミュールは、ぼそりと蜂の一刺しを行った。
「……100%、太陽神会議で吊るし上げですね」
「――っ! いやいや、セーフじゃ! むしろ、いいねぇ、たーのし! ってなるはずじゃ!」
「なるわけないじゃないですか。ラー様、激おこですよ」
「あいつは真面目が過ぎるから特別じゃ。まったく、なんであんなに堅苦しいかのぅ」
「あら、私は良い神様だと思いますよ。色物だらけの太陽神の中で、数少ない良心だと思ってますし」
「誰が色物じゃ!」
「ご自分の胸に手を当てて、否定できますか?」
アスカは平たい胸に小さな手を置き、自信満々に答えた。
「ワシは色物ではない! かわゆいヒロイン神じゃ!」
「はぁ、真面目な話に戻してもいいですか?」
「おや、ワシは過去も今もいつでも真面目じゃが?」
「…………っ」
ミュールは漏れ出そうとなった苛立ちを噛み締めることで押さえ、『真面目な話』に戻す。
「アスカさんと連邦の意図は見えました。ですが、管理者の意図が見えません。なぜ、リョウさんを生み出して世界を観察させるという面倒な真似を?」
「それについてはの……」
「なんです?」
「ワシにもさっぱりじゃ」
「なんですかそれ!」
お手上げのポーズをとるアスカに、がくりとコケるミュール。
さらにミュールは、アスカへ抗議じみたツッコミを入れた。
「全知! 全知の神でしょう、アスカさんは!?」
「じゃからぁ、ワシの全知はお休み中じゃと。もっとも、管理者の意図については、それこそ全知全能の神も、情報分析の最高峰の連邦も全く把握できておらんがの」
「え!?」
「マジでさっぱりなのじゃ。管理者はこの宇宙とは違う、ワシらの認識外におるため、その意図が読めん。その気になれば理想の宇宙を生み出せる力を持ちながら、なぜリョウを生み出したのか? まったくもって謎なんじゃよ」
「認識外ですか、それは厄介ですね」
「それでも、理想の宇宙が成立しなかった理由はわかるがの」
「その理由とは?」
アスカはさっと、星々を撫でるように手を振った。
「ワシらの宇宙を見ればわかるじゃろ。この宇宙は場。形作るはおぬしら。場は理想であるが、形は様々。そのため、管理者がこの宇宙を模倣して作った宇宙は、管理者の理想とはかけ離れた世界じゃったのだろうな」
「だから、次はリョウさんを通して学ぼうと? それにより、管理者が理想と考える世界を生み出そうと? ですが、管理者ならば、場のみならず形もまた、理想として生み出せるのでは?」
「そうじゃの、その程度のことなら、ワシら神であれば楽勝でできる。管理者もまたそれに比類する力を持っている。じゃが、行わない。それが謎なんじゃ」
そう言葉を置いて、アスカは遼遠の静寂を見つめる。
管理者は姿を見せない。
存在を知らなければ、知として認識できぬため、神にも連邦にも、その意図は図れず……。
アスカは不意に口元を緩める。
その笑いを見ていたミュールは、この混迷と言える状況すらアスカは楽しんでいるのだなと感じていた。
星々が瞬く世界は、仄かに灯っていたアスカたちの熱を奪っていく。
ここでの話は終わりを迎えた。
アスカはいつもの軽やかな口調で、ミュールに話しかける。
「ほれ、帰るぞい。帰って飲みの続きをするのじゃ」
「ふふ、そうですね。ここにとどまっていても仕方がありません。ですが……フフ」
ミュールもまた気持ちを切り替える。
「帰っても、お酒の続きはできませんよ」
「おや、なんでじゃ?」
ミュールはにこりと微笑む。
「謝罪行脚。今回の騒動で、近隣住民にご迷惑を掛けましたから。アスカさんもご一緒してもらいますよ」
「……ワシはもうちくっと、静寂に立ち、森羅万象に触れておこうかの」
アスカはそっとミュールから離れようとしたが、それは許されない!
ミュールはむんずっとアスカの襟首をつかんだ。
「さぁ、帰りますよ」
「嫌じゃ! 嫌なのじゃ!! なんで神のワシが謝罪行脚なぞ!!」
「はいはい、話は終わってから聞きますから」
「終わったあとじゃと意味ないじゃろ!! い~や~じゃ~!!」
こうしてミュールはアスカを引き連れて、朝焼けに染まるポワソの森を巡るのだった。




