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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第十二章 宇宙→ミュールの世界→草原の世界

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第54話 予測する神

 宇宙(そら)――漆黒の向こうに、数え切れぬ恒星が瞬(またた)く。

 知恵ある者は空を仰ぎ、光に焦がれる。

 神にとっては、指先一つに満たぬ踏み出(ふみい)の近傍(きんぼう)。

 されど、知恵ある者にとっては遼遠(りょうえん)にして層累(そうるい)を尽くすとも、届かざるやもしれぬ場所。


 神アスカは絹糸のように艶やかな桃色の髪を揺らし、眼下にて緩やかな時を刻む天球の旋転(せんてん)を見つめ、無垢な少女の微笑を湛(たた)えている。



「さて、帰るかの」

「殺しちゃったんですか?」

「いやいや、殺しはせぬよ。一時的に零へ還元を――っと!?」


 アスカは驚き、後ろを振り返った。

 そこにいた者は当然――


「ミュール!? なんでおぬしがここにおるんじゃ?」

「アスカさんがどこに行ったのか気になって、お部屋を覗いたら、道を開いた痕跡があったので、それで……」


 そう言って、ミュールは人差し指をピッと向ける。指の先には、青い靄が渦巻く空間が浮かぶ。

 アスカは激しく片手を左右に振って、目を見開く。

「いやいや、あの靄は神専用の道で、人間が通れるモノではないぞ!」

「そうなんですか? アスカさんが通ったんだから私でも大丈夫だと思い、通ってみたら行けましたよ」


「思っただけで通れたら世話ないわい! っと言いたいが、おぬしは何でもありじゃからできそうじゃな……いや、待て。ここは宇宙じゃぞ? 酸素は? 重力は? 各種放射線は?」

「酸素は風の魔具で供給しています。私の靴は錬金術の道具ですので、人工重力場を形成して、どこであろうと立っていられます。放射線は光の魔法で制御できますから」



 アスカは呆れて言葉が続かず、ただ頭を抱えた。

「なんちゅー娘じゃ」



 一方ミュールは、辺りをきょろきょろと見回していた。

「生身で宇宙に来るのは初めてですけど、あまり難しいことじゃないようですね」

「謝れ! 全宇宙の宇宙飛行士に謝るのじゃ! あやつらがどれほどの努力を重ね、安らぎの場から飛び立とうとしておるのか!!」


「ん? 私も努力の結果ですよ。がんばったら、来れました」

「いや、頑張っただけで……もう、よいのじゃ。詮無い……」



 ミュールに神の理(ことわり)・人の条理を解いても無駄だと思い、アスカは諦めた。

(まったく、とんでもない女の子じゃの。管理者の力に近い性質を持っておるとはいえ……まぁ、近いだけで、本質は管理者以上に異質ではあるのじゃが……他の者にバレぬよう、ワシが守ってやらんとな)


 

 心から漏れ出た本当の想いを封じるように頭を押さえた。

 その想いを知らずに、ミュールはアスカに疑問を投げかける。

「アスカさんは何を『企んでいる』のですか?」

「おや、それはどういう意味かの?」


「とぼけないでください。いつものアスカさんなら、この騒動。率先して首を突っ込むはずです。ですが今回は、傍観に徹しています。これは明らかに常軌を逸した行動ですよ」

「なんだかめちゃくちゃ辛辣な評価に思えるが、まあええじゃろ」



 アスカは宇宙(そら)を撫でるように、手を嫋(たお)やかに揺らす。

「現在、ワシら神の意思は二分しておる。管理者を放置して新たな全知を獲得するか、脅威として排除するか」


「二分ですか? 無限に存在する神は同一個体……という、なんだかよくわからない存在のくせに、妙な話ですね」


「ちまちま言葉に棘を仕込むのはやめてくれんかのぅ~」

「棘ではなく、素直な感想ですよ」


「……今後はその素直を、オブラートで包んでほしいのじゃ。話を戻すが、二分と言っても、大した話ではない。人に例えるなら、朝食をパンにするかご飯にするかと悩んでいる程度じゃからな」



「ですが、神にとってのちっぽけな悩みは、私たち人にとっては脅威です」

「そうじゃな。神の小さな悩みは、時に人の世界を滅びへと追いやる」


 ミュールは顎に手を置いて、アスカを覗き込むような視線を見せる。

「アスカさんは、その二分ではない立ち位置にいるわけですよね?」

「さすがはミュール、察しがよいのぅ。いかにも、翻弄される神と違い、ワシは明確に先を『予測』しておる」

「予測?」



 ミュールは眉をひそめ、アスカはその寄った皺に不敵な笑みを返した。

「管理者の力の流入によって、神ですら先を見通せぬ展開となった。なにせ、管理者の力は認知外の力じゃからな。これは全知の枠から離れた力のため、仕方なきことよ」

「……そうなると、神には見通せない。ですが、アスカさんは予測した? だけど、それは……」



「その通り、あり得ない話じゃ。神が予測などできるわけがない。予測を行うのは、未熟なる存在であるため。つまり本来、神には備わっていない機能なのじゃ」



 この言葉を受け取り、ミュールは大地のない宇宙に足音を響かせて、思考を深淵へと静めていく。

 そして、五秒にも満たぬ時間で解を得た。


「……アスカさんは長年全知を封印して、人間の世界で過ごしている――まさか、獲得しているんですか!? 予測という力を? 全知全能であるアスカさんが!?」

「フフ~ン、不便さを補うために『学ぶ』というものを学び、情報を重ねることにより予測するという、なんとも回りくどい能力を得ておるよ」


「それは……あなた自身の存在否定になりませんか? 全知全能に対する反逆ですよ?」

「全知を封印する代わりに、人間の能力を使っているだけじゃからの。セーフじゃ」


「そうでしょうかねぇ? 今年開催の太陽神会議でまた吊るし上げられるんじゃ?」

「うぐ……いや、セーフじゃ! そもそも、今回の事象はその全知が危ぶまれる事象じゃしの。まぁ、そのことが起因し、先ほど零へと還した神のような存在が生まれてしまうんじゃがな」



「全知を保つために、管理者の先兵たるリョウさんの排除……ですか?」

「そういうことじゃ。一方、全知の枠を広げたいという神もおる。その綱引きで二分しておるわけじゃ」


「ですが、アスカさんはすでに予測している……それは、一体どのようなものなのですか?」



 ミュールの問いに、アスカは口を押えて、わざとらしい含み笑いを見せた。


「クックック、ワシはこの物語の終着駅が、実に愉快になるものだと確信しておる。ゆえに、今回は傍観じゃ」

「アスカさんが愉快と感じるなら、きっとろくでもない結末なんでしょうね」


「ひっどい言い方するのぅ。言っておくが、あのお堅い『連邦』もまた同じ予測を立てて、ワシのように放置――いや、むしろ積極的に協力しておる」

「え?」


 アスカは右手を広げ、光の粒子が編み上げた看板の姿を生み出す。

「この看板という存在。連邦の技術がふんだんに使われておる。つまり、連邦は早々と管理者と接触し、こちらの世界で動くためのお膳立てをしておったということじゃ」


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