第52話 人の子と神の心は一致した
チェーンは目にも止まらぬスピードで回転し、虹色の魔力を排気のように撒き散らす。
これに俺が驚きの声を上げようとしたが、それ以上の驚きがアスカから飛び出した。
「待て待て! なんじゃあれは!? いつの間にあんなものを?」
すると、ヤマタノがアスカを責めるように口を挟んだ。
「もう! 全部、アスカちゃんのせいなの~」
「なんじゃと? なにゆえ、ワシのせいなのじゃ、ヤマタノ?」
「アスカちゃんがレトロゲーをしている時に、こう言っちゃったの。『面倒じゃからチェーンソーでよいか。ほれ、神を真っ二つに切り裂いてゲームクリアじゃ!!』と」
「そう言えば、最近リメイクが出たので、最初のシリーズからやってみようと、押し入れから引っ張り出してプレイした覚えがあるの」
「それなの! その時ミュールちゃんが聞いてて、ミュールちゃんの中で『チェーンソー=神を殺せる武器』として繋がっちゃったの!」
「な!? いくらなんでもそれだけの話で……」
「なっちゃうのがミュールちゃんなの! もう、吾輩は知らないの。今年も太陽神会議で、アスカちゃんは吊るし上げられるの」
「クッ、またもや生真面目なラーに、ネチネチ嫌味を言われるのを甘んじて受けねばならぬのか……」
「あ、ミュールちゃんがチェーンソーを振るうの。リョウは見ない方がいいの、ぐろぐろだから~」
「あ、ああ、そうする」
俺は明後日の方向を向いた。
同時に、なんともおぞましい音が鼓膜をざわりと撫でてくる。
ウィ~ン、ギギギギギ、ブチブチブチブチ、グジュグジュグジュ!!
それに合わせて響く、女神の悲鳴。
「ひがあああああああ、いたい、いらい、いら、やめ――!」
「は~い、すぐに済みますから。もう少しだけ我慢して~」
歯医者のおっさん先生みたいなノリで、ミュールはチェーンソーを押し込んでいく。
グリュリュリュリュ、グチグチグチ、ギュン!
肉が引きちぎれる音と同時に、チェーンソーを振りぬいた音が響く。
そして――
――ボトッ!
と、巨大な塊が、地面に落ちる音が聞こえた……。
音を聞いたアスカは、なぜか納得する声を上げた。
「ふむふむ、肉を持たぬ神に肉があると認識までさせるチェーンソーか。あれはさすがにやばいので、こっそり破壊しておかねばな」
「あれよりも、ドラゴンシリーズAK47を処分する方が先だと思うの~」
「それもあったの! 地球から元となった銃を密輸して、政府のお偉いさんからめっちゃ怒られたんじゃよな~」
「世にも奇妙な、人間から怒られる神様の図なの~」
相変わらず、二人はマイペースで会話を行っている。
この状況のすべてが、二人にとっては日常なのだろう。いや、ミュールを含めた三人にとって、か。
この非常識を前に、これはこう思った。
(早く草原に帰りたい)
草原がここまで恋しくなるとは……。
――草原……。
(草原には看板がいる。早く戻って、話さないと……)
看板のことを思い出して、顔をわずかに上げた。
そのせいで真っ二つになった女神の姿を目にしてしまった。
だが、肉片の音が響いていたのが嘘のように、血も肉も何もなく、上半身と下半身に分かれた女神が転がっていただけだった…………いや、だったじゃないのよな。
十分衝撃的な絵面なのに……感覚がマヒしてるぞ、俺。
ミュールはチェーンソーをポーチへ押し込み、女神の下半身へ近づき、そこに刺さっていた包丁を引き抜いた。
そして、それを見つめて顔を崩す。
「クフフフ、宇宙象印の包丁。ようやく手に入った。私でも作れない道具。しっかり勉強させてもらいましょうっと」
そこにアスカの声が飛ぶ。
「ミュール、仕舞いまでしっかりやれ!」
「え? あっ!?」
腐り落ちていた女神の肉体が白い輝き包まれ、以前出会った長い白銀の髪の美しい女神の姿に戻った。
これは、包丁の痛みから解放されたからだろうか?
女神はミュールを睨みつけると――
「人間に救われた。神である私が! そんな事実は――認めない!!」
そう言葉を残すと、彼女は光に包まれ姿を消した。
ミュールは包丁をちらりと見て、刃にため息をぶつけた。
「私としたことが、逃がしてしまったようですね」
「まったく、包丁に気を取られておるからじゃ」
「ええ、言い訳もできません……ですが、くふふふふ、包丁が手に入った~。うふふふふ」
ミュールは包丁に頬ずりをしている。
これには、刃先の上に残った虫さんも戸惑いを隠せない。
俺やアスカやヤマタノというと、その姿にドン引き。
一見、言葉遣いは丁寧で常識人に見えるが、この中で、一番の危険人物かもしれない。
俺たちの視線に気づいたミュールが、頬ずりをやめて話しかけてきた。
「おっと、お見苦しいところを。とりあえず騒音の元はなくなりましたね――あとは、エイッと!」
ポーチから水風船を取り出して、それを燃えている家に投げると、途中で風船が割れて、水の膜が家全体を覆った。
炎は消し止められ、焦げついた家の板から木の根のようなものが現れて、たちまちのうちに修復していく。
「よし、家は生きてる。これなら、建て替えの必要もないようですね。そろそろ夜明けですが、皆さん、もう一眠りしてはいかがですか?」
「え~っと、すでに眠気も何もないし……」
「そうじゃの~、この騒動のあとに寝ろと言われてもの」
「そこまで吾輩たちは神経図太くないの~」
「そうですか? では、朝食でもいかが? 早速この包丁を使ってみたいので!」
ミュールは包丁をこちらへ見せつける。
刃には膿が纏わりつき、白い虫さんがニコリと笑う。
「その包丁は使うな!!」
「その包丁を使うではない!!」
「その包丁はなしなの!!」
俺と二人の神の叫びが、夜明けのポワソの森に、本日一番の音量で鳴り響いた。




