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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第十一章 ミュールの世界

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第52話 人の子と神の心は一致した

 チェーンは目にも止まらぬスピードで回転し、虹色の魔力を排気のように撒き散らす。


 これに俺が驚きの声を上げようとしたが、それ以上の驚きがアスカから飛び出した。

「待て待て! なんじゃあれは!? いつの間にあんなものを?」


 すると、ヤマタノがアスカを責めるように口を挟んだ。

「もう! 全部、アスカちゃんのせいなの~」

「なんじゃと? なにゆえ、ワシのせいなのじゃ、ヤマタノ?」



「アスカちゃんがレトロゲーをしている時に、こう言っちゃったの。『面倒じゃからチェーンソーでよいか。ほれ、神を真っ二つに切り裂いてゲームクリアじゃ!!』と」


「そう言えば、最近リメイクが出たので、最初のシリーズからやってみようと、押し入れから引っ張り出してプレイした覚えがあるの」

「それなの! その時ミュールちゃんが聞いてて、ミュールちゃんの中で『チェーンソー=神を殺せる武器』として繋がっちゃったの!」


「な!? いくらなんでもそれだけの話で……」


「なっちゃうのがミュールちゃんなの! もう、吾輩は知らないの。今年も太陽神会議で、アスカちゃんは吊るし上げられるの」

「クッ、またもや生真面目なラーに、ネチネチ嫌味を言われるのを甘んじて受けねばならぬのか……」


「あ、ミュールちゃんがチェーンソーを振るうの。リョウは見ない方がいいの、ぐろぐろだから~」

「あ、ああ、そうする」



 俺は明後日の方向を向いた。

 同時に、なんともおぞましい音が鼓膜をざわりと撫でてくる。


 ウィ~ン、ギギギギギ、ブチブチブチブチ、グジュグジュグジュ!!


 それに合わせて響く、女神の悲鳴。


「ひがあああああああ、いたい、いらい、いら、やめ――!」

「は~い、すぐに済みますから。もう少しだけ我慢して~」



 歯医者のおっさん先生みたいなノリで、ミュールはチェーンソーを押し込んでいく。


 グリュリュリュリュ、グチグチグチ、ギュン!


 肉が引きちぎれる音と同時に、チェーンソーを振りぬいた音が響く。

 そして――


――ボトッ!


 と、巨大な塊が、地面に落ちる音が聞こえた……。


 

 音を聞いたアスカは、なぜか納得する声を上げた。

「ふむふむ、肉を持たぬ神に肉があると認識までさせるチェーンソーか。あれはさすがにやばいので、こっそり破壊しておかねばな」

「あれよりも、ドラゴンシリーズAK47を処分する方が先だと思うの~」


「それもあったの! 地球から元となった銃を密輸して、政府のお偉いさんからめっちゃ怒られたんじゃよな~」

「世にも奇妙な、人間から怒られる神様の図なの~」


 相変わらず、二人はマイペースで会話を行っている。

 この状況のすべてが、二人にとっては日常なのだろう。いや、ミュールを含めた三人にとって、か。


 この非常識を前に、これはこう思った。

(早く草原に帰りたい)


 草原がここまで恋しくなるとは……。


 ――草原……。



(草原には看板がいる。早く戻って、話さないと……)


 看板のことを思い出して、顔をわずかに上げた。

 そのせいで真っ二つになった女神の姿を目にしてしまった。

 だが、肉片の音が響いていたのが嘘のように、血も肉も何もなく、上半身と下半身に分かれた女神が転がっていただけだった…………いや、だったじゃないのよな。


 十分衝撃的な絵面なのに……感覚がマヒしてるぞ、俺。



 ミュールはチェーンソーをポーチへ押し込み、女神の下半身へ近づき、そこに刺さっていた包丁を引き抜いた。

 そして、それを見つめて顔を崩す。


「クフフフ、宇宙象印の包丁。ようやく手に入った。私でも作れない道具。しっかり勉強させてもらいましょうっと」


 そこにアスカの声が飛ぶ。

「ミュール、仕舞いまでしっかりやれ!」

「え? あっ!?」


 腐り落ちていた女神の肉体が白い輝き包まれ、以前出会った長い白銀の髪の美しい女神の姿に戻った。

 これは、包丁の痛みから解放されたからだろうか?



 女神はミュールを睨みつけると――



「人間に救われた。神である私が! そんな事実は――認めない!!」


 そう言葉を残すと、彼女は光に包まれ姿を消した。

 ミュールは包丁をちらりと見て、刃(やいば)にため息をぶつけた。


「私としたことが、逃がしてしまったようですね」

「まったく、包丁に気を取られておるからじゃ」

「ええ、言い訳もできません……ですが、くふふふふ、包丁が手に入った~。うふふふふ」



 ミュールは包丁に頬ずりをしている。

 これには、刃先(はさき)の上に残った虫さんも戸惑いを隠せない。

 

 俺やアスカやヤマタノというと、その姿にドン引き。

 一見、言葉遣いは丁寧で常識人に見えるが、この中で、一番の危険人物かもしれない。



 俺たちの視線に気づいたミュールが、頬ずりをやめて話しかけてきた。

「おっと、お見苦しいところを。とりあえず騒音の元はなくなりましたね――あとは、エイッと!」



 ポーチから水風船を取り出して、それを燃えている家に投げると、途中で風船が割れて、水の膜が家全体を覆った。


 炎は消し止められ、焦げついた家の板から木の根のようなものが現れて、たちまちのうちに修復していく。


「よし、家は生きてる。これなら、建て替えの必要もないようですね。そろそろ夜明けですが、皆さん、もう一眠りしてはいかがですか?」


「え~っと、すでに眠気も何もないし……」

「そうじゃの~、この騒動のあとに寝ろと言われてもの」

「そこまで吾輩たちは神経図太くないの~」


 

「そうですか? では、朝食でもいかが? 早速この包丁を使ってみたいので!」


 ミュールは包丁をこちらへ見せつける。

 刃(やいば)には膿が纏わりつき、白い虫さんがニコリと笑う。


「その包丁は使うな!!」

「その包丁を使うではない!!」

「その包丁はなしなの!!」


 俺と二人の神の叫びが、夜明けのポワソの森に、本日一番の音量で鳴り響いた。


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