第51話 認識を固定する力
ミュールはヤンキー御用達の釘バットをくるくると回す。
相手は、あの勇者と魔王でさえ、かすり傷を負わせるのがやっとだった女神。
それなのに、あんな釘バット一本で立ち向かおうとしている。
俺はアスカとヤマタノへミュールを助けるように言った。
「二人とも神なんだろ! ミュールだけじゃとても! しかも釘バットなんかで」
「心配せんでもええぞい。あれは、ドラゴンシリーズの釘バットじゃからの」
「ドラゴンシリーズのバット? 中日?」
「そうではない! 龍殺し・神殺しの力が宿ったバットなんじゃ」
アスカはバットへ視線を送る。
「あの釘バットには、たっぷりと龍神の血が染み込んでおる……まぁ、ワシの血なんじゃがな」
「アスカの?」
アスカは自分の腕をさすりながら話を続ける。
「ミュールはのぉ、お家賃回収にワシの血を抜いてくるのじゃ。その血で薬を作ったり、武器を製造したりするんじゃよ」
「え、血が家賃……?」
「びっくりじゃろ! それで作り上げられた武器をドラゴンシリーズと言うんじゃ。あれでどつかれると、ワシでも普通に痛いから難儀しておる」
ここでヤマタノが会話に加わってくる。
「アスカちゃんが~、お部屋を汚部屋にするからミュールちゃんがキレて、よくぼこぼこにしてるの~」
「それはし~、なのじゃ、ヤマタノ!」
「普段からアスカちゃんはミュールちゃんを怒らせてばっかりなの~。前なんかミュールちゃんのお仕事を邪魔して、巨大ミキサーに放り込まれてミンチにされてたの~」
「ミンチって……」
俺はアスカへ青ざめた表情を向けた。
だが、ミンチになったことがあるアスカは、さも世間話のように語る。
「さすがのワシも、あれにはまいったぞい。再生するのに三秒もかかったからの」
「三秒で再生って……」
「問題はそのあとなの~。飛び散った肉片から、ちっちゃなアスカちゃんが大量発生したの~。子アスカちゃんが森の一部を占拠して、駆除に半年くらいかかったの~。一匹見たら、三十匹いる状態だったの~」
「ワシをGみたく言うのやめてくれんかの、ヤマタノ」
俺は完全に言葉を失った。
さすが神様、人間の常識からめちゃくちゃ外れてる……というか、常識以前の問題だよ、こいつらって!
でも――
「ミュールも同じく常識外れの力を持っているんだな。だから、二人とも落ち着いているんだ」
俺はミュールをまっすぐと見た。
彼女はバットを揺らすと、姿を消し、次の瞬間には女神の腹部を殴りつけていた。
「でぇい!」
「があああ!? バカなぁあ、神の目で追い切れぬなどと……」
「すげぇ、勇者や魔王よりも速いのか!?」
「うんにゃ、そうではないぞい」
「アスカ?」
「ミュールの身体機能は、普通の女の子と変わらん」
「はい? だけど今、あの女神の目にも捉え切れない速度で動いてたじゃん」
「あれは道具の力じゃ」
「道具?」
アスカはミュールへ手を伸ばす。
「あやつは錬金術師。不可思議な道具を生み出し、操る存在。今のは時空間を操る道具。神の目……神の知覚の隙間を縫う道具を使い、凶神の腹部を叩きつけたのじゃ」
アスカは小さな嘆息を挟む。
「はぁ、ミュールは常識を超えた存在。少しばかり、管理者の力に近い存在なのじゃ」
「管理者の!? それってどういう……」
「管理者の真の力は……認識を固定させること」
「ん?」
「初めから『そうだ』と認識させる力。これが管理者の力じゃ。この力を行使されると、ワシら神ですら、認識を強制的に固定させられかねん。ゆえに、神は管理者を全知に取り込もうと躍起なんじゃよ」
正直、アスカの説明の半分も理解できなかった。
認識を固定する力? 『そうだ』とさせる力?
これがもし、何もかも絶対に固定できる力なら、何故、管理者は世界を滅ぼしてしまったんだ?
滅ぶ原因を探る必要があるんだ?
そんなことしなくても、素晴らしい世界だと固定してしまえばいいんじゃないか?
俺が悶々としている間に、アスカの言葉は終わりへと近づく。
「ミュールもまた己が可能だと思えば、それを作れてしまう力を持っておる。管理者のようにその力を宇宙中へ伝播させることはできぬが、個人の範囲では、あの通りよ」
アスカはミュールへ視線を送った。
ミュールは姿を消しては現れ、女神をバットで殴るを繰り返している。
女神はバットから逃れようと光弾を打ち出すが、ミュールは野球選手よろしく、それを特大ホームランで打ち返す。
光弾は森に落ちて、そこから悲鳴が聞こえた。
「ぎゃああああ!!」
俺は顔を引きつらせて、声を漏らす。
「だれか、巻き添え食らってない?」
「この森の日常じゃ、気にするでない」
「弱肉強食なの~。弱っちい分際でポワソの森に棲んでる方が悪いの~」
「ええ~」
「それに今の悲鳴は、三バカゴブリン兄弟の声じゃろ。死んでも復活する、超再生を持つゴブリンじゃから問題ない」
「あいつら、吾輩を食べようとしたから肉片に変えてやったの。でもでも、次の日には、湖でのんびり釣りをしてて、さすがの吾輩もびっくりしたの~」
「そうですか……」
常識が迷子なので、これ以上深追いすることなく、ミュールへ意識を向けた。
女神は、ミュールの攻撃に後手後手に回り、ただひたすら殴られ続け、痛みに悶え苦しむばかりとなっていた。
「うが、いぎぎ、ぎゃ! 痛みが、痛みが、刻まれていくう!」
「ふ~、思ったより丈夫な方ですね。仕方ありません。とっておきを出しましょう!」
ミュールはバットをポーチへ納める。相変わらず、ポーチの大きさと道具の大きさが釣り合わない。
と思ったのだが、次にはポーチの口があり得ない角度で裂けて、それ以上に釣り合わないものが姿を現す。
それは、回転するチェーンを刃として対象を切り裂く、日曜大工の最高峰!
ミュールは紐を引き、エンジンを駆動させて、こう唱えた!
「神殺しのチェーンソー!! これで真っ二つにしてあげます!!」




