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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第十一章 ミュールの世界

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第50話 ガチギレ

 驚く俺をよそに、アスカとヤマタノは血染めミュールに対して、ごく自然に話しかける。


「待て待て、冤罪じゃ。ワシらは騒いでおらんぞ」

「ミュールちゃん、真っ赤っかなの~」


「血を素材に、お薬を作ってる最中でしたからね。叫び声にびっくりして零しちゃいましたが……それで、犯人がアスカさんではないなら、誰なんですか、騒いでいるのは?」



「おぬしは目の前の存在が見えとらんのか!」

「あら、何かいますね? アスカさんのお友達ですか?」

「違うわ! リョウの知り合いじゃ」


「そうなのですか、リョウさん?」

「え……知り合いと言えば知り合いだけど、あの人は……ほら、夕食のときに神を刺した話をしたじゃん」

「ああ~、この方がその時の……なるほど、このご様子では堕神(だしん)してしまったようですね。ん、その原因は?」



 ミュールが女神の腹部をじ~っと見つめる。

 彼女はぐずぐずに崩れた腐肉を凝視しても、しかめ面すら見せない。


「……宇宙象印の包丁! リョウさん!」

「は、はい、なんすか!?」

「あれ、貰ってもいいですか!?」

「はい?」


「くれるというなら、あちらの方は、私が処理しますので」

「ええっと、何とかしてくれるなら、お好きに……」


 ミュールの勢いに負けて、朧な返事をしてしまった。

 彼女はこの返事に、飛び上がるような喜びを表す。

「ありがとうございます!! フフフ、思わぬところでよいものが戴けそうです。では……」


 

 ミュールはパチンと指を跳ねる。

 すると、血塗れのエプロンが真っ白に戻った。

 さらに青いブラウスとエプロンの上に、ふわりと浮かぶ天女の羽衣のような薄地の布を纏う。



 その出で立ちで、堕ちた女神の下へ向かっていく。


 俺はアスカとヤマタノに声をかける。

「ミュールが一人で女神のところに行こうとしてるけど、いいのか?」


「うむ、危険じゃな」

「そうなの~、これは由々しき事態なの~」


「二人は神なんだろ、だったら――」


「ヤマタノ、サイレンの準備をしておけ」

「ラジャーなの!」


「サイレン?」



 二人のよくわからないやり取りを見ている間に、ミュールはすでに女神へ話しかけていた。

「あの~、はじめまして、私は理(ことわり)を司る錬金術師ミュールと申します」

「じゃまだあああああ! ニンゲンふぜええがああ!!」


「ちょっとお願いですから騒がないでください。ご近所迷惑になりますから」


「殺す、殺す、殺してやるぞリョウうううううう!!」

「本当にお願いですから、声を落として! また、ご近所に謝罪行脚することになりますので」



 ミュールと女神……この温度差の激しいやり取りの前に、俺は少しだけ張り詰めていた緊張がほどけ、アスカに質問をするくらいの余裕が生まれた。


「アスカ、謝罪行脚って、何?」

「……なんじゃろうな、ワシにはさっぱりじゃ?」


 この声が聞こえていたようで、ミュールが声に怒気を乗せて答えてきた。

「アスカさんが深夜に配信をして騒ぐからじゃないですか! そのせいで熊のクレマさんからいつもお小言を受けて、そのたびに私は頭を下げ続けているんですよ!」


「ミュール、し~じゃ、し~。ほら、声が大きいぞい」

「ぐぬっ! はぁ~、ごほん!」



 ミュールは一つ咳払いを行い、気を落ち着かせると、アスカから視線を切って女神へと向けた。

 そして、とても穏やかな声をかける。


「あなたが痛みに苛(さいな)まれているのは理解しました。私なら、その痛みを消すことができます」

「うがああああああああ! 返せええ! わたしをかえせえぇ、りょうおおおお!!」

「ちょ、お願いですから、落ち着いて。私ならその包丁の効果を――」


「じゃまだぁ、ニンゲン!!」

「え?」



 女神は首をのけぞると、次には前へ突き出して、焔を纏った肉塊を吐き出した。

「ミュール!?」


 俺は彼女へ声をぶつけた。

 しかし、肉塊はミュールに当たる手前で、彼女を包んでいた羽衣が受け流した。

 

「もう、何をするんですか?」

「ニンゲンが……神の力をぉぉぉ! 認めない、認めない、ミトメナイィィィイィ! ガァアアア!」


 

 女神は再び口から炎を吐き出した。

 それは先ほどの肉塊ではなく、腐敗した血と肉が混じり合った熱線。 

 穢れた熱が、ミュールを切断するように薙ぎ払う。


「ちょっと、それは駄目です!」


 再びミュールに当たる手前で、熱線は羽衣によって防がれたのだが、飛び散った血が周囲に拡散して、それがミュールの家に降りかかった。

 

 ミュールの家は木……当然、炎の血が当たった場所は燃え上がる。


 ミュールはその様子を見て、体を固めたかと思ったら、すぐに叫び声をあげた。

「あ……きゃああああああ! 私のおうちがぁあぁああ!」


 取り乱す彼女を前にして、アスカとヤマタノは暢気に話し込んでいる。

「ほぅ、防衛錬金術で守られたミュールの家を燃やすとは、なかなかやるの」

「メラメラのキャンプファイアーなの~。ごきげんなの~」


「……キャンプファイアー、じゃないですよ……」



……森に、深く、沈んだ声が響いた。

 その瞬間、俺は周囲の気温が下がったような肌寒さを感じた。


 ミュールはぶつぶつと独り言(ご)ちる。

「騒ぐなと言っているのに……助けてあげると言ってるのに……燃やすの? 私のおうちを…………ふざけた真似をしてくれますね~」



 ミュールがポーチに手を突っ込み、そこから――釘バットを取り出した!?

 彼女、錬金術師だよね!? あれで何をするつもりなんだ!?

 

 それを見たアスカとヤマタノが慌てふためき始める。

「やばいぞ! ガチギレじゃ! ヤマタノ、サイレンを!」

「ハイなの! う~う~なの!!」



 ヤマタノはボリュームある毛玉のような髪の毛の中から、手回しで作動する警報器を取り出して、それを回し始めた。

 静寂(しじま)の森に、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。


「みんな、避難なの~!! ミュールちゃんガチギレ症候群なの~!! 早く逃げないと、巻き込まれちゃって死んじゃうの~!!」



 ヤマタノの声も、サイレンに負けず劣らず森に鳴り響く。

 すると、森のあちらこちらから声が響いてきた。


 森のゴブリンがふんどし一丁の姿で逃げ出す。

「ミュールがガチギレ! 誰だよ、あの子を怒らせたのは!!」


 エルフが弓を担ぐのも忘れて走り出す。

「森がまた消失しちゃうじゃないの! もう七度目よ!!」


 妖精が真っ赤な鱗粉をまき散らしながら舞う。

「逃げて逃げて、森の外まで逃げてぇえぇ!」



 森に棲んでいた魔物も幽霊も、眠っていた死体すらも土から這い出して、森の外を目指して我先にと駆け出していく。


 俺はこの騒動を前に、右往左往するばかり。

「なになになになに? 何が起こってんの!?」

「リョウよ、ワシの後ろへ」

「はい?」

「はようせい――死ぬぞ」

「は、はい」



 よくわかんないけど、アスカのマジトーンに、ヤバさをがっつり感じて、俺は素直にアスカの後ろに隠れた。


 

 俺はアスカとヤマタノの背中越しから、ミュールを見つめる。

 ミュールはバットをクルリクルリと回して、静かな声を告げる。

「暴力は嫌いですけど、あなたのような話の通じない相手には、暴力(これ)が一番……効果的ですからね。さあ……始めましょうか……」

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