第48話 敵じゃなかった……
アスカは、管理者のふざけた考えを語る。
「管理者から見て、地球のネットは人間の思考情報の塊。やつはそれを組み合わせることにより、おぬしにとって親しみやすい案内人として機能すると考えたのじゃろうな」
「ネットの情報……そんなもので……」
「ああ、そのようなもので人格形成などできぬ。ネットの情報など人間の一面しかとらえておらん。誤りも過ちも多い。じゃが、人の心を理解できぬ管理者から見れば、効率的に集めることのできる、地球人類の情報じゃったわけじゃ」
「待て、待ってくれ……それじゃあ、看板は――!!」
――あいつもまた俺と同じで、管理者に利用されているだけの存在……――
「看板は……犠牲者……?」
「犠牲者かどうかはわからぬが、心はおぬしよりひどい状況じゃろうな」
「え?」
「おぬしは元の少年の姿を模倣し、記憶の一部引き継ぐことにより倫理や道徳を形成しておる。じゃが看板は、少年の心の器に……」
アスカは両手をそっと出して、その上に小さな少年の影人形を生み出す。
人形の周りには、他者を想う善意の書き込み、誹謗中傷、無機質なプログラムコードが渦巻く。
それらは影人形に次々と突き刺さり、吸い込まれていく。
すると影人形は、何度も嗚咽を漏らして苦しむ姿を見せた。
「このように、心の器に無理やり地球の断片情報を詰め込み、さらには管理者の意思……おぬしの監視というプログラムを書き加えておる」
「そんな……それで看板の心は大丈夫なのか!?」
「大丈夫なはずなかろう!!」
突然、アスカが声を荒げた。そこにあるのは怒り。だけど、彼女は何に対して怒ったんだ?
アスカは小さな咳を挟み、言葉を続けた。
「ごほん。看板は少年が持つ心と、地球全体の異なる思想や思考と、管理者の命令。その三つの異なる意思によって形成されておる。じゃが、時が経つにつれて、おぬしと同じ苦悩を抱えるようになったであろうな」
「俺と同じ?」
「自我の形成じゃ……」
「自我……」
「無理やり作られた心に、己の自我が生まれた時……看板の心はどうなるのじゃろうな」
「看板の……心……」
看板――秘密主義で信用のできない存在。
だけど、くだらない冗談のやり取りができた。
誰もいない草原で、唯一の話し相手だった。
心を許し合った仲じゃない。だけど……気づけば、あいつとのやり取りは日常になっていた。
そう、いがむほど嫌っていたわけじゃない。
友とも呼べない仲だったかもしれない。それでも……俺は……。
「看板を……一方的に責め立てた」
「それは仕方のないことじゃろう。知らなかったのじゃからな」
「そうかもしれないけど……それでも、それでも、それでも……」
「それでも、なんだと言うのじゃ?」
「俺は謝る……謝る? 謝るべきなのか?」
謝る。それは当然のことだ。
でも、それだけでは、本当の意味で必要なことを満たせない。
そうだ、俺と看板に必要なのは……。
――話し合うこと、互いに知ることだ!――
すう、と深く息を吸い、俺は席を立った。
――迷いは、もうない。
ミュールへ真っ直ぐ顔を向け、告げる。
「ミュール、草原に戻るよ。やるべきことができた」
「……わかりました。ですが、今日はもう夜が深いですので、明日の朝一番に」
「ああ、頼むよ」
ミュールは微笑みを見せると、何やらアスカに耳打ちをしている。
「怒りを隠せないなんて、さすがは宇宙一、人間に甘い神様ですね」
「やかましいのぅ。そこは人間に優しい神様と言ってほしいのじゃ」
「ふふ、その優しさのせいで、年に一度の太陽神会議で、毎年吊るし上げを食らってますからね」
「まったく、『介入しすぎだ』、とやかましくてかなわん。というか、無限に生きるワシらにとって、年に一度は多すぎじゃろ。人間で例えるなら、秒単位で会議を開いてるようなもんじゃぞっ」
「それでも追いつかないのが、アスカさんの所業ですからね」
「所業言うではない! ほれ、さっさとリョウを案内してやれ」
「くすっ、はいはい、おせっかい焼きの神様」
――――
アスカとヤマタノは宴会を開くとかでこの場に残り、ミュールはそんな二人に歯ぎしりを見せながらも、俺をゲストルームへと案内していった。
――アスカとヤマタノ
ヤマタノはまんまるの氷の入ったグラスに琥珀色の飲み物を流し、ゆらりと揺らす。
「アスカちゃん、なんか嫌な気配がするの~」
アスカは徳利から透明な液体をおちょこへ注ぐ。
「そうじゃの。禍禍しき存在がこちらへ向かっておる。まったく、これじゃから半端なもんは」
「痛みを知らぬ存在が痛みを知り、耐えられなくて堕ちてしまったの~」
アスカは軽くお猪口に口をつけて、辟易とした声を漏らした。
「管理者と同じで、創造に必要不可欠な力が何なのかを理解しておらんの。じゃから、リョウや看板のような存在が生まれ、堕ちる者が現れるのじゃ」
――ポワソの森(語り部は、この世界を管理する精霊さん)
万物が眠る静謐の裏、夜の闇はこの世ならざる海となって深淵を広げていく。
黒闇に酔う魑魅魍魎どもは、呪詛の風を這わせ、迷い込む生者の肉と魂を貪らんと蠢いています。
今、生を持つ者が暗がりの森を彷徨い歩けば、彼らによって肉も魂も食らいつくされてしまうでしょう。
そう、それがこのポワソの森の夜……のはずでした。
ですが今夜は、宵闇に抱かれ、怯えを愛する者たちが、漆黒を恐れ、恐怖に震えています……。
何故ならば――ジュウと肌を焼く、粘り気を帯びた怨念が、ポワソの森を覆っていたからです。
ミュールのおうちの前に、ぐにょりぐにょりと形を変える闇が集まる。
その深淵からは、腐り落ちた皮膚を引きずり、濁赤が染み込んだ襤褸を纏う女性が現れました。
ずるりと剥がれ落ちた頭皮に、わずかに残る長い髪。
その一本一本には膿が絡みつき、発酵した粘液と古びた死汁の悪臭が、贅沢な香気となって空間に霧散していきます。
「あああ、あ、、あああ、、、、、ああ、みつけ。。。。た」
生臭さを纏う黄色い涙が零れ落ちる瞳で、女性は己の腹部を見た。
そこには、一本の包丁が深々と刺さっています。
女性はそれを目にした途端に、喉奥から腐れた血反吐共に、雄叫びを上げました。
「ほうちょあああああああああああああ!! がぁああっぁあぁぁぁぁ!!」




