第45話 ミルフィーユ鍋
――そして、現在
俺は草原へ戻るために、一度ミュールの世界を経由することになった。
そうして、訪れたはいいが……いま俺は、鍋を前にして、丸いテーブル席についている。
そのテーブルの向かいにはミュールが座り、左には……。
「み♪・み♪・み♪、ミルフィーユな~べ~、なの~♪」
間延びした口調で奇妙な歌を歌っている、見た目は十歳前後の少女。
毛玉のようにもこもこで真っ白な長い髪を持ち、目は血のように真っ赤。
真っ黒なゴスロリ服姿で……お尻からは、蛇の姿をした七本の尾っぽが生えていて、それぞれが勝手気ままに蠢いている。
右側へ瞳を動かす。
「早く食わせるのじゃ! もう、ワシは我慢の限界じゃぞい!!」
箸とお茶碗を手に、老人言葉を操る十二歳前後の少女。
桃色の長い髪の上からは、山羊の角のようなものがくるんと巻いて伸び、トカゲのような巨大尾っぽがお尻からデンと下りている。
真っ白のワンピースを纏い、背中には七色に輝く小さな羽。
少女は黄金の瞳を爛々と輝かせながら、鍋を見つめた。
「ミュールよ、しっかり言いつけどおり、長野県産の白菜をゲットしたんじゃろうな?」
「はいはい、わざわざ地球まで足を延ばしてきましたよ。購入場所は長野ではないですけどね」
「うむ、かまわん! そして、でかしたのじゃ! 夏白菜は長野か北海道! 冬白菜なら茨城県産! という、ワシのこだわりを理解しているようじゃな」
「ほんっとに面倒くさい。私の世界の白菜で十分でしょうに。どうせ、味の違いなんてわからないんだから」
ぶつぶつと愚痴るミュール。しかし、桃色の髪の少女はそんなこと気にも留めず、テーブルへ身を乗り出す。
「もう我慢できん! ワシは食うぞ!!」
「待ってください! 最初はゲストからですよ」
ミュールは豚肉と白菜を交互に挟んだ、通称ミルフィーユ鍋にお玉を入れて、具材をお椀によそい、俺に手渡してきた。
「どうぞ。ご飯のおかわりもありますから、遠慮しないでくださいね」
「あ、ああ、ありがとう」
「よし、客人によそったな。次はワシらじゃ!」
「食いつくしてやるの~」
二人の少女は鍋に襲い掛かり、凄まじい勢いで肉と野菜を胃の中へとかき入れ始めた。
「ばくばくばくばくばく!!」
「むしゃむしゃむしゃむしゃなの~!!」
俺はまだ箸すら持っていないというに、鍋の中身はあっという間に空になっていく。
その様子を見ていたミュールは軽く肩を落として、俺に話しかけてきた。
「もう、お二人は……リョウさん、具材はまだありますから安心してください」
「……うん」
こっちを無視してひたすら鍋に集中している少女を、俺はちらりちらりと見る。
「あの、家に案内されて、席に着いたかと思ったら、寝ぼけ眼の二人が席について、鍋が始まったんだけど……この二人は、ミュールの友達?」
「そういえば、紹介がまだでしたね。こちらのもこもこの白い髪の女の子はヤマタノさんです」
「ヤマタノなの~、よろしくしてあげるの~。むしゃむしゃむしゃむしゃ!」
「で、その桃色の髪のろくでなしが、居候のアスカさんです」
「なんじゃ、その紹介の仕方は!! そもそも家賃を支払っとるから、居候ではないじゃろうが!!」
「うわっ、ご飯粒を飛ばさないでくださいよ!」
「なぜ、いっつもいっつもワシの扱いがテキトーなんじゃ! お、そうだ。少年、おぬしの名は?」
「えっと……りょ」
一瞬、これは俺の本当の名前じゃないという思いが過り、声が詰まった。
(俺はリョウ。あいつとは違うリョウ。そう、心に刻んだけど、どこかに迷いが残っているんだな)
柚迩から元気をもらい、覚悟を決めた。でも、心の切り替えはなかなか難しい。
だけど……。
(これもまた俺だけの想い。面倒で、付き合うのは大変だけど、これが俺なんだ)
俺はそっと自分の胸に手を当てた。
その様子に桃色の髪の少女は、不可解そうな表情を見せて問いかけてくる。
「のう、少年、どうしたのじゃ?」
「ああ、わりぃ。俺の名前はリョウだ。よろしくな」
「うむ。ミュールに紹介されたが、その仕方が気に食わんので、ワシからも名を名乗っておこう。ワシはアスカ。職業は神じゃ」
「かみ? 神!?」
俺は椅子を派手に転ばせて立ち上がり、身をのけぞらせた。
その姿を見たアスカは、俺に不敵な笑みを見せる。
「ほほ~、神と聞いて警戒心を露にするとは……おぬし、神と何か悶着があったようじゃな」




