第44話 猫の細道どんな道
丸いテーブル席に四脚の椅子。
中央には魔石と呼ばれる赤黒い石の上に、五徳が置かれている。
その五徳の上に、ぐつぐつと煮える鍋がある。
※五徳=ガスコンロなどにある、やかんや鍋などの調理器具を安定させるための金属製の台。
その鍋を見つめ、俺は思う。
(俺、何をやってんだろう……?)
――五時間ほど前・地球・日本
駅前でミュールとの再会。
彼女はわざわざ、特売の白菜を買いに地球まで訪れていたそうだ……そのために世界を跨ぐって、死ぬほどコスパが悪い気もするが。
そのミュールは、『最初』から俺の存在に気づいていたんだと。
だけど、元となった俺や妹との会話を邪魔するのも悪いと思って、離れた場所から観察しており、俺が途方に暮れたところを見計らい接触を図った。
俺が事情を説明すると、彼女は地球から草原へ戻れる方法を知っていると言った。
「猫の一族の方が関わっているなら、問題ないと思いますよ」
「え、本当!?」
「ええ、地球にも猫の一族の方がいますし」
猫の一族……空間を管理する一族。彼らは宇宙を自在に行き来できる道を知ってる。また、ミュールの話によると、宇宙中に存在する猫たちの祖でもあるそうだ。
ミュールに案内される形で、駅構内に入り、『関係者以外立ち入り禁止』と掲げている扉を開き、中へ入る。
青いLEDライトに照らし出された、打ちっぱなしのコンクリート通路をしばし歩く。
その先にあった鉄製の扉を開くと、部屋の中央に巨大な青色の水晶が鎮座する、円形状の場所に出た。
そこにはメルと同じ、二本足で歩く小学生くらいの背丈の猫たちが大勢行き交い、立体映像を注視しながら、何やら地図のようなものとにらめっこをしてる。
俺はミュールに、この場所について尋ねる。
「ここ、なんなの?」
「異世界への道を管理する場所です」
「そんなのが駅構内の地下に? って、勝手にそんな施設作っちゃだめじゃない?」
「いえいえ、この場所は政府公認ですから、違法で使っているわけじゃありませんよ」
「政府公認!? 国が把握してるの!? ミュールたちのことなんかも?」
「当然ですよ。国の諜報機関を無視して活動できるほど、監視の目は甘くありませんからね」
やるな、政府。だけど……。
「なんで政府は、君たちの存在を秘密にしてるんだ?」
「混乱が起きますからね。それに技術レベルはこちらの方が上回っていますから、地球としても私たちの滞在を断れない。さらに、ヘタに関係を拗らせたくないという思惑もあって、現状では互いに大きな交流はありません」
「そ、そうなんだ……でも、そもそもとして、何のために君たちはいるの?」
「私というか、猫の一族になるんですけど。そうですねぇ、地球が複数の空間プレートに位置する場所にあるせいでしょうか」
「くうかんぷれーと?」
「地球で言う、大陸プレートだと思ってください。そのせいで地震が頻発するのと同じように、空間にほころびができやすく、そのほころびから地球人が異世界に行ってしまうんです」
「神隠しってやつ?」
「はい。地球としても、同胞が異世界・異星へ飛ばされる状況は良しとできないので、空間の安定ために、猫の一族の力を借りている格好というわけです」
という説明の途中に、少女の声が割って入ってきた。
「ぽんぽんこっち来られても、困るというのもあるしニャ。まったくもって、地球人は迷惑な存在ニャ。訪れた先で、高確率で騒動を起こすからニャ。宇宙の迷惑者と言って過言じゃないニャ」
声へ顔を向けると、そこにはラピスラズリのように美しい紫の瞳を持つ、とても愛くるしい猫耳の少女が立っていた。
猫耳はあるが……メルとは違い、見た目は人間の少女。
その少女は宝石の装飾品が散りばめられた赤色の魔導服を纏い、頭には羽毛の飾りがついた大きめの黒のチロリアンハットを着用。そこからは煌めく白の長い髪が流れ落ちている。
少女が纏う服装の雰囲気は、ミュールと同じ錬金術師を彷彿とさせる。
その少女のお尻にはふさふさの真っ白な尻尾をついていて、帽子からは猫のお耳が飛び出していた。
ミュールはこの猫耳の少女と知り合いのようで、親し気に話しかけている。
「あら、ミーニャさん。珍しいですね、お弁当屋さんはいいんですか?」
「店員に任せてるニャ。ミーニャは備えに向かう必要があるニャよ」
そう言いつつ、ため息を漏らしながら、俺へ力のない瞳を向けてくる。
「神や連邦は気軽でいいニャねぇ。ミーニャたちはお前たちの穴ぽこのせいで大忙しニャよ」
「穴ぽこ……君は穴ぽこのことを知っているのか?」
「ミーニャたちは空間の管理を行うニャントワンキルの魔女だからニャ。当然のことニャ」
「にゃん、わん、えっと?」
「無理に覚える必要はにゃいニャ」
ミーニャと呼ばれた少女は、俺とあまり関わりたくない様子で、会話をぴしゃりと切った。
彼女は俺から視線を外し、ミュールへ向ける。
「ミュール、そこの少年をどうするつもりニャ?」
「迷子のようなので、おうちまでお送りしようかと」
「なるほどニャ。だけど、地球からの直通ルートはないニャ。一度、ミュールの世界を迂回する必要があるニャよ」
「はい、そうさせていただきます」
「うむ。それじゃ、ミーニャは行くニャ」
ミーニャが真っ白な尻尾の先端をくるりと回すと、彼女は光に包まれ、姿を消した。
「お、おお、すげぇ。テレポートみたいな感じ?」
「そういう理解でいいと思いますよ」
「それで、さっきの子は何者なの?」
「空間を管理するニャントワンキルの魔女王ミーニャさんです。一言で言えば、猫の一族のトップ」
「めっちゃお偉いさんってこと? なんでそんな人が管理のためとはいえ、わざわざ地球に?」
「地球は宇宙の中でも、稀有な存在なんで」
「ん、それじゃあ説明になってないような?」
「一から説明を行うと長くなるので、機会があれば。では、一度、私の世界へ向かいましょう」
――――リョウとミュールが地球から旅立つ、その一方で……
ミュールが紫色の液体が詰まったフラスコを投げると、二人は紫色の輝きに包まれて姿を消した。
空間は揺らぎ、それは微かな波紋となって宇宙に広がる。
その小さな痕跡を見逃さぬ者がいた。
その者は、完熟しきった果実のジャムと、重厚なバターが混ざり合う甘い香り……そして、腐れ堕ちた肉の匂いが漂う世界にいた。
「みつ……けた……いたい、いたい、いたい…………許すものか。許さない。――リョウ」
腐臭が漂う黒ずんだ肌を持つ存在の腹部には、鈍く輝く包丁の刃が光を放ち、そこからはうねうねと虫たちが湧き出ていた。




