第42話 優しさを勇気に
歩むべき道が全く見えない。
俺は無意識に、顔をゆっくりと下げていく。
その様子に柚迩は俺を思いやる声をかけてきた。
「大丈夫?」
瞳を少しだけ動かして、柚迩の姿を見た。
その姿は俺の記憶にある妹の姿。
偽りの記憶であっても、心根は優しい少女だと俺は知っている。
その記憶と心は、もっと深い過去を掘り起こした……偽りなのに。
(九歳の頃だったかな? 俺が熱を出して苦しんでるとき、あんなふうに不安げな表情を見せていたな)
偽りの記憶……それでも懐かしさを覚え、心が弛緩する――――揺るんだ心は、唇までもほどけさせる。
「俺は……何者なんだろうな?」
「え?」
「俺は、俺じゃない。偽物だったんだ。俺は……空っぽだ」
こんなこと柚迩に話しても仕方がない。だけど、言葉は零れ落ちてしまった。心に宿る温かさが、妹のやさしさに縋ってしまった。
(俺は何をやってるんだ!)
拳で太ももを打ち、愚痴を漏らしてしまったことについて謝罪をしようとした。
だが――
「あんま、気にしなくていいんじゃない?」
「――え?」
「自分がお兄ちゃんのコピーってことに、悩んでるんだよね?」
「ああ、そうだけど?」
「それはあんなのがオリジナルで最悪ぅ~、ってわけじゃなくて、自分の記憶や経験だと思ってたのが、全部嘘だったことに対する、苛立ちとか悲しさとかだよね?」
「ああ……前半の言葉は、兄に対してひどくないかな?」
と、思わずツッコミをしてしまったが、彼女は気にする様子も見せずに、顎に手を置いて悩む素振りを見せた。
「う~ん」
「柚迩?」
彼女は軽く手をポンッと打って、話を始める。
「あのね、私ってクローンがいるんだよね」
「はい?」
「私のことを研究しようとしたマッドサイエンティストが、勝手に私を作っちゃったの。それで、その子に私の記憶をまんまコピー。つまり、私と同一人物と言ってもいい存在」
「そうなんだ……それで?」
「その後、クローンのユニと協力して、マッドサイエンティストをボコして、生まれたことを後悔させてやったの。具体的に言えば、そいつがため込んできた数十年の知の結晶をすべて破壊し尽くしてやった。クックック」
先ほどまで快活そうだった少女が、口元を歪めて心底楽しそうに笑う姿を見て、俺の言葉は自然と敬語に変わってしまう。
「…………そう、なんですか……」
「そんな細かいことはどうでもいいんだけど、私が二人になっちゃったわけ。でも、もう一人の私は、自分がクローンであることは全く悩んでなかったよ」
「どうして?」
柚迩は片手を腰に当てて、右手の人差し指をピッと立てた。
「だって、別人だから! 姿や経験は同じでも、これからはもう違うんだもん」
「え?」
「私は地球に戻ってきた。ユニは今も宇宙を旅してる。経験も思い出も違う二人……これって、別人でしょ?」
「え、え、ああ、そうかも……」
「そうかもじゃなくてそうなんだよ。そしてそれはあんたも同じ!」
「――っ!?」
柚迩は駅前の広場を大きく見回した。
「あんたは……ううん、あなたはこの場所を覚えている。私のことも覚えている。それはあなたが実際に手にした記憶じゃないかもしれない。でも、あなたがあなたとして存在した時からの記憶は、あなただけのもの!」
柚迩はそっと俺の胸に手のひらを当てる。
パジャマ越しでも、熱が伝わる。自分の熱すら疑ったのに、なぜか、その暖かさは信じられた。
「あるんでしょ、お兄ちゃんが知らないあなただけの記憶が。経験や出会いが……」
「……ああ……ああ、ある! 俺にはあいつが知らない経験と出会いがある!」
「だったら、あなたはもう、別人だよ!!」
彼女の言葉が、俺の心を震わせ、浸透していく。
溶け込んだ言葉は心に熱を与え、俺という存在を、確かなものへと昇華していく。
俺は柚迩を正面から見据え、全力で言葉を返した。
「ああ、俺は俺だ! 偽物なんかじゃない! 俺は俺なんだ!!」




