第41話 不思議な兄妹
長い黒髪と黒い瞳を持つノースリーブの少女は、スマホをロングスカートに収めると、俺を怪訝そうな表情で見つめてきた。
「本当に何してるの? パジャマでウロチョロって、罰ゲーム?」
「そういうわけじゃ……そっちこそ、なんでここに?」
「クロワッサンを買いに来ただけだよ。急に食べ……たく……ん?」
柚迩は俺をまじまじと見つめ、次には数歩後ろへ下がり、気配を凍りつかせる。
「あんた――お兄ちゃんじゃない! 何者!?」
「うぐっ」
紫外線が肌を突き刺し、湿気が渦巻いていた場が、一瞬にして熱を失った。
背中を伝う汗は寒気を呼び起こし、深奥に『死』という永遠の冷気を届けてくる。
軋む瞳を、少女へ向ける。
(こ、この子、なんだ? 纏う気配は……勇者や魔王――いや、あの女神よりも遥かに強い!!)
神を軽く超える静寂の闘気を前に、呼吸すらまともにできない。
少女の指先がわずかに動く。
次の瞬間には、俺は塵よりも小さく消失するだろう……そう感じていたのだが……。
彼女は動かした指先を、ほっぺたに当てた。
「う~ん、大した力は持ってないんだ。何度も殺したのに、反応しないし」
「……殺した?」
「うん、闘気の幻体ってやつで、あんたをぼっこぼこにしたんだけど、それすら感じてないみたいだから、普通の人っぽいなって」
「ああ、そう、なんだ……」
何なんだこの子は!?
闘気の幻体って?
力のヤバさといい、こんな子、地球に居ていい存在じゃないぞ!!
柚迩は軽く息を挟み、俺に尋ねてくる。
「なんで、お兄ちゃんの姿をしてるの? 私を騙すため?」
「そういうわけじゃないよ。事情があって」
「事情?」
「実は……」
俺はオリジナルの少年から言われた通り、少年が異世界で冒険したことも、不可思議な力を使えることもうまく誤魔化して、管理者という存在に弄ばれていることと、自分が自分じゃなかったことを伝えた。
彼女はそれらを、自分の都合に当てはめて、状況を納得した。
「その管理者って人に覚えはないけど、もしかしたら、直接私に手出しできないから家族を狙ったのかも。お兄ちゃんの複製を作って情報を分析……? にしては、回りくどいけど……う~ん」
頭をブルンブルンと振り、さらにはぼりぼり掻いて、両手を軽く上げた。
「やめ~た、考えても仕方ないし」
「え? そんな適当でいいのかよ。自分で言うのもなんだが、君から見ると俺は相当怪しいし、本当のことを話してるとも限らないんだぞ」
「うわっ、お兄ちゃんの姿で『君』とか言われるの気持ち悪い……」
「そこはほっといてくれ!」
「まぁ、あんたがお兄ちゃんじゃないってのは、今の言動ではっきりしたし。それで十分」
「十分かなぁ?」
「だって~、心当たりがありすぎて、誰が何を企んでるのかさっぱりだし」
「……どゆこと」
「私って、宇宙中に敵がいるのよね?」
「はい?」
柚迩は空を見上げて、こう言葉を続ける。
「私、宇宙人に誘拐されてさ、その後なんやかんやで、宇宙中を冒険した経験があるんだよね」
「……は?」
「その時に巻き込まれた騒動で、色んな宇宙人たちに逆恨みされちゃってさ。ま、突っかかってくるたびに、返り討ちにしてやったんだけど……今回も、そんな連中が、なんかちょっかいかけてきたのかなって」
話を聞いた俺は口を半開きにして、心ここにあらずといった状態で呆けていた。
(どこまでが本当なんだ? いや、でも、この子の只者ではない気配……マジだとしたら、あの少年と言い……何なんだ、この兄弟は?)
かたや死んで異世界へ渡り、神も認知できない存在の力を得る。
かたや宇宙人に誘拐され、宇宙中を冒険している。
「はぁ、なんだろう。この二人から比べると、俺の事情が大したことないように感じてきた……」
「どったの? 急に頭なんて抱えて?」
「いや、なんでもない」
「そう? あのさ……」
「なに?」
「もし、私のせいで作り出されてしまったのなら、ごめんなさい」
「いや……いやいや、君が――」
「ごめん、柚迩って呼んでくれる。君って呼ばれるたびに鳥肌が……」
「ああ、わかった。えっと、ともかく柚迩が悪いわけじゃない。この――」
『この件には無関係』と言いそうになって、言葉を飲み込む。
言えば、なぜそう言い切れるのかという、詰問攻めにあう。
俺の知る妹なら、疑問が生まれたら容赦なく追及してくるからな。
俺はもう一度、彼女へ言葉を渡す。
「柚迩は悪くない。これは……そうだな。俺自身の問題なんだと思う」
「あんた自身の?」
「……うん」
俺は今、どうしたらいいかわからない。
記憶は借り物。
存在すら誰かの都合で作られたもの。
そんな俺が、この先どんな道を歩けばいい?
その道が……見えない……。




