第40話 考えてもわからないことは考えない
少年は笑いを収め、頭をぼりぼりと掻く。
「俺にはほとんど力が残って無くて、ここにお前を呼び寄せるのが精いっぱい。まるっと解決とはいかないんだわ」
「じゃあ、呼んでどうする気だったんだよ?」
「……どうしたらいいんだろう?」
「おい、お前な!」
「まぁ、待て、まるっきり考えがないわけじゃない。あとは、妹に任せるから」
「妹? 妹がいるのか?」
「ああ、柚迩っていう、狂暴なのが……」
「柚迩? あっ、思い出した! 気に食わないとすぐに、俺の腹部を殴りつける狂暴な妹」
「それな! あいつ手加減を知らないから、マジで痛いんだよ!」
「なんで、あいつああなの? うちの家族や親類に、そこまで狂暴な人いないよな?」
「いないな。でも、俺たちの一族ってのは、本質的に狂暴なのかもしれない」
そう言って彼は、親指を見せつけ、何かを抉るような仕草を見せた。
俺はそれに呆れた笑いをぶつけるが、その途中でふとした疑問が過った。
「はは、そうかもな――あ、そうだ。刺されて、異世界に渡ったことは覚えてるけど、あとは断片的にしか記憶がないんだよな。一体、どんな冒険をしたんだ?」
この問いに、彼は苦虫を嚙み潰したような表情を見せる。
「……普通の姿で、冒険してたぞ」
「普通? いや、姿のことは聞いてないし。もしかして、全裸で冒険してたとか?」
「するか! まぁ、ざっくり話すと、『無』という世界に生まれた『有』の世界を旅してた」
「無なのに、有?」
「そこは……想像が反映する世界。多くの人々の想像が創造となって現れ、有の世界を築き上げているという、不思議な世界なんだよ」
「想像が創造に……?」
彼は懐かしそうに遠くを見つめ、話を続ける。
「んで、そこで王女やら神様やらに出会った」
「お~、異世界っぽい」
「あと、MIT〇UBISHI製のエレベーターを見つけたり」
「はい?」
「宇宙人に出会ったり」
「宇宙人?」
「パラレルワールドの未来の火星人が、上司になったりしたなぁ」
「????」
「その上司ってさ、異世界では町の治安を守る近衛騎士団だったんだけど、火星では宇宙艦の艦長なんだぜ。おかしいだろ、あははは」
……こいつ、何を言ってるんだろう?
なんで、異世界に日本製のエレベーターがあったり、宇宙人と出会えるの? 未来の火星人にも出会ってるし……もしかして、からかわれてる?
怪訝そうな表情を浮かべる俺を横目に、彼はアイスのチューブをぺっこりへこむほど激しく吸って、アイスを吸いつくすと立ち上がり、軽く首を回す。
「あ~、そうだなぁ、元上司に連絡くらいはできるか?」
「ん、何のために?」
「さぁ、俺にもわからん。マジでなんだろうな?」
「それ、二度目だぞ!」
あまりのいい加減さに胸ぐらを掴んでやろうかと思ったが、彼は首を捻っている。
その姿から、何かを考えてはいるが、その中身を把握できていないようだ。
彼はやめやめといった風に手のひらを軽く振って、考えるのをやめたっぽい。
そして――
「んじゃ、俺は帰るわ」
「――っ!? いや、待て! ほとんど雑談しかしてねぇだろ! 俺と出会ってアイスを渡しただけで終わる気かよ?」
「だから、妹に任せるって。何やら深刻そうなお前には、妹の能天気さが合うだろうよ」
「深刻そうじゃなくて深刻なんだよ! 俺は模倣で、全てが偽物だったんだから!」
「ていくいっといーじー」
「気にするわ!」
俺は唾を飛ばしてツッコミつつ、睨みつける。
(俺の気持ちを全く気にかけない、このマイペースな語り口調。微妙に看板の影がちらつく。なんでだ?)
じ~っと睨む俺に対して、彼は何故か驚きを交えた微笑みを見せた。
「ふふ、なるほど、どうやらお前には、俺の根幹部分は継承されていないみたいだな」
「根幹部分?」
彼は俺にビシッと人差し指を突きつけて、高らかにしょうもないことを宣言する。
「俺の信条! 考えてもわからないことは考えない! 考えても答えが出ないし、疲れるだけだから!」
「……なんじゃそりゃ」
眉をひそめた俺の姿に、彼は口元を緩めて見つめ返す。
「くすっ、そういう反応するってところが、俺とお前は違うって証明だろうな」
「え?」
「んじゃ、失礼するわ。あ、そうそう。妹は俺の力や状況を知らないし、ただの普通の高校生だと思ってるから、ちゃんと話を合わせてくれよ」
「はい?」
「で、本体の俺も、妹の力のことは知らないって前提で、この世界は成り立ってるから。では、あとよろ~」
「は、妹の力って何のことだよ!? おい!!」
俺はすぐさま立ち上がり、追いかけようとしたが、彼の姿は逃げ水のように虚ろとなり、あとにはアスファルトから立ち上る空気の揺らぎだけしか残っていない。
「なんてやつだよ! マジで放置していきやがった! あれが俺? 俺はあんなにいい加減なやつじゃないぞ!」
「あれ、お兄ちゃん、なんでこんなところにいるの? 友達と映画に行くって言ってなかったっけ?」
不意に、懐かしい少女の声が届く――。
その声に導かれ、俺は体ごとそちらへ動かした。
そこにいたのは、背中まで届く長い艶やかな黒髪と、黒翡翠のように輝くぱっちりな瞳を持つ少女。
少女は夏らしい淡いブルーのノースリーブとロングスカートの姿で立っていた。
彼女は俺を見るなり、スマホを取り出すと……。
「なんでパジャマ? ――はっ!? 病院、警察!」
「待て、通報するな!」




