↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第九章 お菓子の世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/109

第38話 初めから何もなかった

 看板は短い沈黙を挟み、続きを書き綴った。


「……うん。管理者にとって、この宇宙は不可解な存在。唯一、接触者の少年だけが理解の窓口。だけど、少年は管理者から受け取った力を放棄した。つまり、管理者と少年の関係は断絶されたんだ」


 

 メルはしっぽで器用に『?』マークを作り、ぽふんと肉球を頬に当てた。

「それで、その少年を作り出し、そこから私たちを深く知り、それに管理者の理想を反映させて、望む世界を生み出そうとしているわけですか?」


「うん。だけど、管理者は君たちの世界とは異なる場所にいる存在。この世界は、神や連邦や君のような猫の一族といった、様々な者たちが管理している。そこに、許可なく立ち入れない」



 勇者と魔王が、その先を推察する。

「神の許可を得る必要がある……そのためには何かしらの取引が必要、となるのかな?」

「取引……っ! そうか、それがあの穴ぽこの存在か!?」


 俺たちは皆いっせいに、穴ぽこへ顔を向けた。

 そしてすぐさま、看板へ視線を戻す。

「そう、穴ぽこ……神が介入しにくい事案を解決することが、許可の対価。そしてそれは、管理者にとっても都合がよかった。生み出した存在は空白。その存在に経験を与えることが可能。彼が得た経験を通して、管理者もまた世界の理解を深めることができる」



 俺は片手で額(ひたい)を押さえて、指先に力を僅かに籠める。

「空白……俺は……俺は、空白じゃないぞ」

「そうだね。君には記憶がある。善悪の基準となる良心もある」

「……なぜだ……何故、それが必要だったんだ?」


「管理者にとって、接触してきた少年の思考が非常に興味深かった。だから、少年の思考をベースに、世界を見つめる瞳が欲しかった」

「それが……俺ってわけか……」

「……うん」


「すうぅぅ、ふぅぅぅ」

 何とか感情を抑えようと深い呼吸を行う。

 草原の世界には、その音だけが何度も重なる。


 看板は俺の様子を窺うように、文字を揺らめかせて、崩れるような文字を描く。

「そのために、君の変化を監視して誘導することが……僕の役目」


 その文字を見て、なぜか笑いが漏れ出した。

「へ、へへ。クククク、なるほど。僕の役目を話すか。今みたいな説明だと、役目を話す形で全部説明できるわけか。ふふふふ、あはははは、いや、制限を回避するいい抜け道だよな、看板! ははははは!」

「リョウ?」



「――リョウって呼ぶな! それは俺の名前じゃないんだろ!!」



 俺は大きく手を薙ぎ払った! 俺にあるすべてを拭い去るように。

「俺の中の記憶! 家族、友達、学校、何気ない日常の記憶。ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ――俺の記憶じゃねぇってことだろうが!!」


 両手で顔を覆い、笑い狂う。

「ひひひひ、ひゃははは! 世界が滅びました? ああ、滅んだの確かだろうな。だけど、それは俺の知っている世界じゃなかった。いや、そもそも俺には世界なんかなかった! それなのに、世界を復元しようと俺は――あははは、最高のピエロだよな。ひゃはははは!!」


 

 顔から離した手は濡れて、瞳に映る景色はぼやけている。

「……くだらねぇ。俺は人間じゃない、ただの操り人形。この怒りも憎しみも、影の世界に対する罪悪感も、全部少年の模倣みたいなもんだろうな」


「それは違う! その感情は君の――」


「黙れよ看板! 俺の心そのものが、その少年ってやつの模倣だろうが! 俺に本物なんてないんだよ! 無かったんだよ!」

「リョウ……」



「その名前で呼ぶなって言ってるだろうが!! くそったれぇぇ!!」


 俺は涙を拭うことなく、皆から逃げ出した。

 ……逃げ出した。そうさ、逃げたい。みんなが当たり前に持っている暖かな場所へと逃げたい。だけど、逃げられる場所なんてない。


 

――もともと、俺に居場所なんて、どこにもないのだから――



「あああああああああああ!!」


 叫ぶ。ひたすら叫ぶ。だけど、この叫びも俺のものではないんだ。

 涙の味も、熱も、この痛みすらも!

 俺は模倣体。

 少年とやらの、まがいもの。

「くそ、くそ、くそ!」


 意味もなく、行く当てもなく、ただ走り続ける。

 視線の先に穴ぽこが見える。

 俺はこの草原から消えたくて、視界に入った穴ぽこへと飛び込んだ。




――――残された者たち


 勇者は看板へ声を荒げていた。

「おい、看板! リョウを放っていていいのか!?」

「…………」

「だんまりを決め込んでる場合じゃないだろ。とにかく追いかけよう! 魔王!」

「そうだな、まずは彼を止めることだ」

 

 ここでメルがしっぽをボンッと膨らませて、声を震わせた。

「空間の揺らぎ? ――た、たいへんです! リョウさんが穴ぽこに飛び込んだようです!」

「なに!? その先がどんな世界もわからないのに!? なんて無茶を! メル、すぐにあと追う。どの穴ぽこか案内してほしい」


「それが勇者さん……お二人と違い、彼には私の魔力の紐づけをしていないため、穴ぽこに飛び込んだと同時に、空間追跡が不可能になってしまって……申し訳ございません」

「――なっ!? 看板、君なら」


「…………なんだろう。痛い。物理的な痛みじゃないけど、痛い……」


「おい、看板! しっかりするんだ!」


 勇者が必死に呼びかけるが、看板は歪み崩れた文字を浮かべるだけ。


「……そうか、僕は彼を傷つけたことに、傷ついたんだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。