第37話 模倣体
――――草原
戦いを終えた俺たちはいつもの草原へ戻ってきた。
俺は看板を適当な場所に刺して、全身に圧し掛かる疲労感のなすがまま、地面へへたり込んだ。
「はぁ~」
ため息を一つ落とす。
そして、女神の苦しむ姿を思い起こして、力なく声を漏らした。
「後味悪」
女神は俺を殺そうとしたとはいえ、苦しんでいる者を放置してきたという罪悪感が心を満たす。
その心に気づいた勇者と魔王が声をかけてくるが……。
「気にする必要はないよ、リョウ。あれは当然の報いだったんだ」
「己の安全のためには必要な行為だ。気に病むことはない」
慰めているつもりなんだろうけど、戦いに身を投じ続けていた人たちのアドバイスは、俺には響かない。
覚悟が……違いすぎるから。
「はぁ」
再び、短くため息を漏らす。
そのため息は、俺の意識を女神の末路から切り離し、彼女が発した一言へ誘う。
彼女は俺の首を握りしめて、こう言っていた。
『まずは貴様からだ。模倣体め』
「もほうたい……模倣……複製、コピー、真似っこ……」
奥歯に力が籠る。歯の軋む音が苛立ちを奏でる。
俺は勢いよく立ち上がり、一度、感情を鎮めるために深呼吸を行った。
そこから、語気に力を込めて、看板へ尋ねた。
「す~、は~……看板、模倣体って、どういう意味だ?」
「…………」
看板は答えない。俺はまだ、落ち着いて尋ねる。
「女神は俺のことを模倣体と言っていた。これは、どういう意味なんだ?」
「…………」
看板は答えない。
俺は下唇をキュッと噛み、爪が白く染まるほど強く、拳を握りしめる。
もう、言葉に冷静さを纏う余裕はない。
「模倣体ってどういう意味だって尋ねてるだろうが! 答えろ、看板!!」
「…………僕は……」
看板は沈黙と一人称を挟み、それ以上文字を刻まない。
俺はもう……自分を抑えられそうにない――
苛立ちが、暴風となって心をかき乱し、激情が理性を食い潰していく。
次の瞬間には獰猛な獣と化し、感情のままに暴れ出すだろう。
だが、その時、看板が言葉を刻んだ。
「――僕の役目を話そう!」
刻まれた文字は、今の俺には不要なもの! そんな誤魔化しに付き合う気はない!!
「ふざけるな! 何がお前の役目だ!? お前のことなんてどうでもいいんだよ!! 俺はな! 自分のことが――」
「落ち着いてください、リョウさん! きっと、看板さんには話せない事情があるんです」
「黙っててくれ、メル! こいつはいつもいつも、話をはぐらかして――」
「ですが今は、話せる範囲で話そうとしているのではないでしょうか?」
「なに!?」
メルは真っ白な尻尾を揺らし、看板と向き合う。
「あなたにとって、役目を話すという行為自体が、良しとされない行動なのでは?」
「……うん」
「それでも話すということは……制約の枠内で、リョウさんへ情報を渡そうとしてる。そう受け取っても良いでしょうか?」
「……僕は……そうだね……僕はおかしいのかも」
「いえ、おかしいとは思いません。あなたに宿る不可思議な感情は、あなたとリョウさんとの間に、絆というものが生まれた証ではないでしょうか」
「絆……あり得ない……僕の役目は……彼を監視して誘導すること。そうさ、絆なんてない。必要なことを、必要な情報を提供するだけだ。彼に対して、ね。今もそうだ……」
看板は改めて、文字を刻む。
「僕の役目を話そう。そこに含まれる情報が、君の役に立つかもしれない。聞いてくれる?」
「……………………わかった。話せよ。だけど、納得できなかったら……」
納得できなかったら……できなくても、俺は看板相手に手も足も出せない。こいつを傷つける力も、問いただす力もない。
――無力だ。
だから――ただ、ちっぽけな恨み言をぶつけるだけしかできない。
「その時は……俺はお前を、許さない」
「……わかった。では、話すよ。僕の役目を」
看板は文字を刻み始める。
「僕の役目は君の監視と誘導。理由は、僕の主である管理者が、世界を滅亡させてしまったから」
「それだと、俺とどう繋がっているのかわからないな」
「うん、そうだね。順を追って話していくよ。ある時、とある少年が管理者と接触した。それにより、純粋な力の塊であった管理者に、好奇心というものが生まれた。管理者はその好奇心をもとに、一度は世界を創造した」
「で、滅亡した?」
「ううん、少し違う」
「少し?」
「管理者自らが滅ぼしたんだ……理由は予定された世界からズレが生じ始めたから。そして、そのズレの原因が管理者にはわからなかった。そこで……君を生み出した。接触者である少年をもとにして」
俺は反射的に語気を荒げ、看板へ詰めよろうとした。
「その少年ってのがオリジナルで、俺はその模倣体ってわけだ! だとしたら――」
「落ち着くんだ、リョウ!」
「貴様の怒りは理解できる。しかし、いま発露を行えば、貴様の望む情報は得られん」
「~~~~くそっ!」
勇者と魔王に諭されて、どうにか激情を抑え込んだ。腹立たしいが、俺はまだ冷静なようだ。
続きを看板に催促する。
「さぁ、続けろよ、看板!」




