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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第九章 お菓子の世界

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第36話 全てを切る一撃

 女神は再び力を取り戻し、溢れんばかりの光を全身から放つ。


 それを前に、勇者と魔王の背筋が凍った。

「――なっ!? 私たちの攻撃が」

「通じていなかったのか!?」


「届いたことを認めた。認識を許可した。否定を肯定に変えるだけで条理は整う。それこそが神たる存在」


「何を言っているんだ?」

「おそらくだが、我らの攻撃が通じていたのではなく、我らの力を否定していた自らの意思が傷を生み出していた……ということなのだろう」



「見事だ、認めよう。低次元存在の中にも神に届き得る存在はいる。だが、それだけだ」

 女神は人差し指と中指を合わせて、指をパチリと弾いた。

 たったそれだけで、勇者と魔王は遥か後方へと吹き飛ばされてしまった。


「うわあああああああ!」

「こ、これはぁあああああ!」


 

 俺は二人を目で追う。

「勇者、魔王!」

「どこを見ている?」

「へ?」


 影が……俺を覆う。

 次の瞬間には、女神に首を掴まれ、宙づりにされてしまった。

「うが、ぎ、……」

「まずは貴様からだ。模倣体め!」

「も、ほう?」



 意識が薄れていく。景色がぼやける。

 メルが案内人であるはずなのに、神に魔法のようなものをぶつけている。

 看板もビームみたいなのを出している。

 勇者と魔王も傷を負いながら、俺を助けるために向かってきてくれている。


(ああ、みんな俺を助けようとしてくれている……でも、もう、なにも……)


 甘く蕩ける大気が支配する世界。

 俺は消える間際の意識にあって、空腹を覚えた腹に手を添える

(チョコ、食べたかったな。あまい、もの、いっぱい……)



――ああ、美味しい――


 

 ぐさり――



 甘い幻想の中に、鈍く不快な音が広がった。

 それは肉を抉る音……。


 神は俺の喉から手の離し、数歩、後退(あとずさ)りを見せた。

 俺は激しく咳き込みながらも、空気を求めて、何度も呼吸を行う。



「がは、がは、ごほっごほっ、すーはー、すーは、ゲホゲホ!」


 メルが俺を支えようと片膝をつく。

 俺は彼女を見ることなく、真っ直ぐと女神の姿を見た。

 女神は己の腹部を見て、声にならぬ声を上げていた。



「な、な、な、なんだ、これは? なんなのだ、これは!? うがあああああ!!」



 女神は左腹部を押さえて、その場でもんどり打った。

 手で押さえた場所。

 そこには――食材なら何でも切ることができる包丁が刺さっていた。


 駆けつけてきた勇者と魔王が俺に問いかけてくる。

「何をやったんだ、リョウ!?」

「神が苦しんでいる、一体?」


「さぁ、なにがなにやらさっぱり。ごほっ、ただ、意識がもうろうとして、お菓子が食べたくて、おなかに手を置いたら……包丁があったことを思い出して、それで刺したんだ。そしたら……」



「痛い、痛い、痛い、痛い。バカな、神が痛みを感じるあああああああ、痛い、誰かこれを抜いてくれ!」


 神は腹部に刺さった包丁を抜こうとするが、痛みに負けて、触れることもできず、ひたすら嘆きを漏らし続ける。



 看板はそんな彼女を見下ろしながら、こう描いた。


「使い手が食材と認識すれば、いかなる存在でも切れる包丁。神の条理すら切り裂き、実在する傷と痛みを強制する……怖い包丁だよ」

「包丁で神を……ん、待ってくれ? て~っと、俺はこの女神を、食材として認識したの?」


「うわっ」

「それは少々……」

「危険な人ですね」


 勇者と魔王とメルがそろってドン引き。


「待て待て待て! そんなわけないだろう!」


 すると看板はこう解説してきた。

「意識が朦朧とする中で、甘い匂いと空腹が意識に入り混じり、その状態で包丁を手にしたことで、包丁が刺したものを食材として認識したのかもね」

「え?」


 看板は痛みにのたうち回る神を見て、今回の出来事を端的まとめた。

「一言でいうと、食い意地の勝利」

「ええええ~」

「ええ~、って君のことだからね。どんだけ食い意地張ってるの?」

「そんなこと言ったって……」


 神を見る。

「痛い、痛い、これを抜いてくれ。痛みなど知らぬ、知らぬ、知らぬは怖い。誰か、これを、これを……」


 苦痛に顔を歪め、威厳も威圧もなく、哀れに涙を流す神を前に、俺は歩み寄ろうとした。

 それを、勇者と魔王が止めた。

「やめておくんだ」

「それを抜けば、牙を剥く」


「だけど……」


「どうやら、神という存在は不死と言っても過言ではないみたいだ。それには、勝てない」

「勇者の言うとおりだ。手立てがない以上、放っておくしかあるまい」


「あ……うん……」


 女神へ向き直り、俺は一言目の言葉を飲み込み、ただ別れを告げた。

「ごめ……じゃあな」



 神が痛みに捕らわれた今、道は開かれた。

 看板とメルが道を開き、俺たちは草原へ戻ることにした。



 包丁に腹部を貫かれた……女神だけを置いて。


「待て! 待ってくれ! お願いだ! これを抜いてくれ! 痛い、痛い、痛いの! お願いだから! 助けて!! いたい、いたい、いたい、いたい……」


 

 ひたすら痛みに沈む、沈む、沈む。

 その奥深い場所で、女神は……神が宿してはならない人の感情に触れた。


――痛い……知らぬ……知らぬは許せぬ……許せぬは、憎い……許すまじ――

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