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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第九章 お菓子の世界

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第33話 偏狭なる女神

 看板に猫の目が表示される。

 そして、草原へつながる渦が生まれるが


――パンッ!


 風船が破裂するような音とともに、渦は弾け飛んだ。

 看板は珍しく、感情的な文字を走らせる。

「くそっ、遮断された!」

「看板、何が起こって――」



――なぜ、このような危険な存在を放置するのか、理解に苦しむ――



 声が生まれた場所に光が集(つど)い、それは人の形を模(も)していく。

 やがて、現れたのは……美しい白銀の髪を持つ大人の女性。

 目鼻立ちがとおり、恐ろしいほどの美女だが、そこに人が宿す感情という温かさはない。

 それは整えられた体のラインと相まって、まるで彫刻のようだった。


 女性は淀んだ灰色の瞳で、じっと俺たちを見据える。

「理解に苦しむ、という感情は神にあってはならぬ感情。しかし、連邦や猫の一族……そして、貴様らのような存在が、我らを乱した。許されざる存在」



 言葉の一つ一つにまったく熱はない。

 だというのに――皮膚に突き刺さる、この冷たい痛みはなんだ!?


 俺は声を上擦(うわず)らせながら、看板に問いかける。

「あ、あのねーちゃん、何なの?」

「……この世界の神。慈悲も愛もなく、ただひたすらに低次元存在を嫌う神」



「嫌う? 愚かな、不要だから排除する。知性を与えてやったというのに、下らぬことばかりを行う阿呆(あほう)どもめが……」



 神と呼ばれる女性は遠くを見つめる。それは物理的な視野を超えた、世界そのものを飲み込むような視線。

 

 俺には彼女の視線の意味も言葉の意味もわからない。



 すると看板が、その意味を教えてくれた……残酷な真実を。


「この世界のお菓子に含まれる成分は主に…………たんぱく質」

「はい? たんぱくしつ? ……あれ、お菓子にたんぱく質? 炭水化物の間違いじゃないの?」

「あの神は……この世界にいた生命体を、お菓子に変えてしまったんだ」


「…………は?」


 俺は理解に頭が回らず、ふと、神を見た。

「ククク、愚者どもは夢を見た。豊かで飢えに怯えず幸せな楽園を。しかしどうだ。知恵を与えてやったというのに、己の欲望に塗れ、他者を貶め、飢えさせ、奪う。ゆえに、慈悲としてくれてやった。楽園を……」


「楽園をって……」


 俺は激しく首を振って辺りを見回した。

 スポンジ生地の地面。チョコレートが流れる川。クッキーの生る木。

 これらすべてが……。


「もとは人間……だったのか……」

「ああ、その通りだ。これで永遠の安息が得られたであろう。満たされたであろう」


「ね、ねぇ、看板。何を言ってるの、あの人……?」

「あの神は壊れた神。幾度も創造物に裏切られ、己を見失った」

「己を……」


 怯えに揺れる瞳が、逃げ場を失ったように神へ吸い寄せられる



 神は手を自身の頭において、がり、がりと音を立ててゆっくりと掻く。

「だが、愚かな人間はここだけではない。数多にいる。地虫のごとく湧き出る。こともあろうに、創造主である我らに追いつき、追い越そうとする。傲慢。欲望に塗れた傲慢。許されない、許すものか、そのような存在を」

 

 神はゆらりと、人差し指を向けた。

「つまり、貴様らだ」

「訳がわかりません! 今の話がなんで俺らに繋がんの、看板?」

「うん、繋がらないね。僕は君たちの認知外の存在だから関係ない話だよ」

「なに、その認知外っての? お前が言ってることもわかんないんだけど?」



 問いかけるが、二人は俺の疑問を置き去りにして、会話をつなげていく。

「秩序を乱す存在。ゆえに、同列」

「それは論理的飛躍だね。整合性が取れていない。それに僕たちはここに居ていいってなってるんだから、開放しなさい」

「断る。貴様らの存在は、神という存在の是非にかかわる。ゆえに排除する、消え失せろ!」



 神は伸ばした人差し指から、巨大な光の球体を生み出す。そしてそれを、俺たちへ放ってきた。

 看板が素早く文字を書き綴る。

「僕の後ろへ!」

「わかった!!」


 光の球体が、看板が生み出した半透明の壁にぶつかる。

 壁の外ではスポンジの地面が蒸発して、辺りに砂糖の焦げた匂いが広がる……お菓子のはずなのに、肉の焼ける匂いも漂う。


 地面を失った看板と俺は、半透明の壁に包まれたまま、爆風に巻き込まれ、空高くへと舞い上がった。



「かんばんんんんん!」

「しっかり僕につかまって!」


 看板の柄(え)を握りしめる。そして、お尻を看板の表示板の上に置いた。

 その状態で空を滑空する。

「おおおおおお、空を飛んでる!?」

「飛ばすよ!」

「おう! って、お前空を飛べるのかよ! だったら俺が持ち歩く必要なくない!!」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! さぁ、光速でぶっ飛ばすよ!」

「光速だとおれがしょうめつしちゃうじゃぁあああああああああ!」


 周囲の光景が圧縮されて、後ろの光景が見えるという不思議な状況で俺はここから脱出した。



――女神


 消え去った二人を睨みつけ、神は奥歯をギリリと噛み締めた。

「連邦製のシールド……神の力すら退(しりぞ)ける壁だと。許されない。許されるはずがない。何故、他の神はこれを良しとする? 排除せねば……この私が。神と人の関係を、秩序ある姿に戻さねば……」

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