第33話 偏狭なる女神
看板に猫の目が表示される。
そして、草原へつながる渦が生まれるが
――パンッ!
風船が破裂するような音とともに、渦は弾け飛んだ。
看板は珍しく、感情的な文字を走らせる。
「くそっ、遮断された!」
「看板、何が起こって――」
――なぜ、このような危険な存在を放置するのか、理解に苦しむ――
声が生まれた場所に光が集い、それは人の形を模していく。
やがて、現れたのは……美しい白銀の髪を持つ大人の女性。
目鼻立ちがとおり、恐ろしいほどの美女だが、そこに人が宿す感情という温かさはない。
それは整えられた体のラインと相まって、まるで彫刻のようだった。
女性は淀んだ灰色の瞳で、じっと俺たちを見据える。
「理解に苦しむ、という感情は神にあってはならぬ感情。しかし、連邦や猫の一族……そして、貴様らのような存在が、我らを乱した。許されざる存在」
言葉の一つ一つにまったく熱はない。
だというのに――皮膚に突き刺さる、この冷たい痛みはなんだ!?
俺は声を上擦らせながら、看板に問いかける。
「あ、あのねーちゃん、何なの?」
「……この世界の神。慈悲も愛もなく、ただひたすらに低次元存在を嫌う神」
「嫌う? 愚かな、不要だから排除する。知性を与えてやったというのに、下らぬことばかりを行う阿呆どもめが……」
神と呼ばれる女性は遠くを見つめる。それは物理的な視野を超えた、世界そのものを飲み込むような視線。
俺には彼女の視線の意味も言葉の意味もわからない。
すると看板が、その意味を教えてくれた……残酷な真実を。
「この世界のお菓子に含まれる成分は主に…………たんぱく質」
「はい? たんぱくしつ? ……あれ、お菓子にたんぱく質? 炭水化物の間違いじゃないの?」
「あの神は……この世界にいた生命体を、お菓子に変えてしまったんだ」
「…………は?」
俺は理解に頭が回らず、ふと、神を見た。
「ククク、愚者どもは夢を見た。豊かで飢えに怯えず幸せな楽園を。しかしどうだ。知恵を与えてやったというのに、己の欲望に塗れ、他者を貶め、飢えさせ、奪う。ゆえに、慈悲としてくれてやった。楽園を……」
「楽園をって……」
俺は激しく首を振って辺りを見回した。
スポンジ生地の地面。チョコレートが流れる川。クッキーの生る木。
これらすべてが……。
「もとは人間……だったのか……」
「ああ、その通りだ。これで永遠の安息が得られたであろう。満たされたであろう」
「ね、ねぇ、看板。何を言ってるの、あの人……?」
「あの神は壊れた神。幾度も創造物に裏切られ、己を見失った」
「己を……」
怯えに揺れる瞳が、逃げ場を失ったように神へ吸い寄せられる
神は手を自身の頭において、がり、がりと音を立ててゆっくりと掻く。
「だが、愚かな人間はここだけではない。数多にいる。地虫のごとく湧き出る。こともあろうに、創造主である我らに追いつき、追い越そうとする。傲慢。欲望に塗れた傲慢。許されない、許すものか、そのような存在を」
神はゆらりと、人差し指を向けた。
「つまり、貴様らだ」
「訳がわかりません! 今の話がなんで俺らに繋がんの、看板?」
「うん、繋がらないね。僕は君たちの認知外の存在だから関係ない話だよ」
「なに、その認知外っての? お前が言ってることもわかんないんだけど?」
問いかけるが、二人は俺の疑問を置き去りにして、会話をつなげていく。
「秩序を乱す存在。ゆえに、同列」
「それは論理的飛躍だね。整合性が取れていない。それに僕たちはここに居ていいってなってるんだから、開放しなさい」
「断る。貴様らの存在は、神という存在の是非にかかわる。ゆえに排除する、消え失せろ!」
神は伸ばした人差し指から、巨大な光の球体を生み出す。そしてそれを、俺たちへ放ってきた。
看板が素早く文字を書き綴る。
「僕の後ろへ!」
「わかった!!」
光の球体が、看板が生み出した半透明の壁にぶつかる。
壁の外ではスポンジの地面が蒸発して、辺りに砂糖の焦げた匂いが広がる……お菓子のはずなのに、肉の焼ける匂いも漂う。
地面を失った看板と俺は、半透明の壁に包まれたまま、爆風に巻き込まれ、空高くへと舞い上がった。
「かんばんんんんん!」
「しっかり僕につかまって!」
看板の柄を握りしめる。そして、お尻を看板の表示板の上に置いた。
その状態で空を滑空する。
「おおおおおお、空を飛んでる!?」
「飛ばすよ!」
「おう! って、お前空を飛べるのかよ! だったら俺が持ち歩く必要なくない!!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! さぁ、光速でぶっ飛ばすよ!」
「光速だとおれがしょうめつしちゃうじゃぁあああああああああ!」
周囲の光景が圧縮されて、後ろの光景が見えるという不思議な状況で俺はここから脱出した。
――女神
消え去った二人を睨みつけ、神は奥歯をギリリと噛み締めた。
「連邦製のシールド……神の力すら退ける壁だと。許されない。許されるはずがない。何故、他の神はこれを良しとする? 排除せねば……この私が。神と人の関係を、秩序ある姿に戻さねば……」




