第30話 少女と神様
――豚小屋……ならぬ、店子の部屋。
ミュールは木製の扉を開けるなり、怒鳴り声を上げます。
「アスカさん! ご近所迷惑だから静かにしてって言っているでしょう!」
真っ暗な部屋。その一角に、モニターの光と七色に光る箱。
その前に座る……十一歳固定の姿をした少女。
絹糸のように艶やかで美しい桃色の髪に、太陽の光を纏う金色の瞳。
髪の隙間からは、くるんと巻いたヤギのような角。
真っ白なワンピースに、腰の部分から飛び出している七色の翼。お尻からは巨大なトカゲの尾っぽがポテンとぶら下がる。
『見目だけ』は大変愛らしい少女が、ミュールに泣きついてきました。
「ミュール、こいつらチーターなのじゃ!! なんでダムダム弾が遠距離で壁を貫通してくるんじゃよ!!」
「また、ネットゲームですか……もう、神様なのに何をやっているんですか……」
そう、このアスカと呼ばれる少女は、なんと――神様なのです!!
その神である少女アスカはミュールに抱き着こうとしたところで、彼女が手にしている釘バットの存在に気がつきました。
「みゅ~るぅぅっと、なんじゃ、その不穏なモノは?」
「アスカさんがうるさいから、神殺しを宿したこのバットでボコろうかと……」
「神をボコろうとするな! なんちゅーやつじゃ」
「静かにしてと言っているのに、全然言うことを聞かないからじゃないですか。もういい加減にしないと、追い出しますよ」
「くっ、それはちと困るのじゃ。ここは神気に満ちて過ごしやすい世界じゃからの。メタ目線でワシらを語るのは玉に瑕じゃが……」
「なんでもいいですけど、この世界に居たいなら大家の私に従ってください。いいですね!」
ミュールはバットをポーチへ納め、話を本題へ移します。
「アスカさん、この世にあってはならぬ非ざる存在と……『かさ』っと、アスカさんのような力ある存在の前で、彼のフルネームは厳禁でしたね。えっと……リョウさんらしき人を見かけました。一体、何事が起きているのですか?」
「ほ~、どういうことじゃ?」
「私が尋ねてるんです! 全知全能の神の分際でなんで知らないんですか!?」
「神を分際扱いするな! 以前から言っておろう、ワシは神生縛りプレイで楽しんでおると。先を知るとは、つまらんからの。ゆえに、全知は休業中なのじゃ!」
「無知を娯楽にしないでくださいよ……」
呆れて肩を落とすミュールを前に、アスカは両腕を組んで、いかにもあざとく小首を愛らしく捻りました。
「ま、知らぬ事象とはいえ、理由はなんとなくわかるがな」
「なんです、その理由って?」
「先ほど出た、全知のためじゃな」
「全知の?」
アスカは大きく両手を広げます。
「よいか、ミュール。神の全知とは全てを知っていることを意味するのではない。全てを知ることができるという意味なのじゃ」
この言葉を、ミュールは瞬時に理解して噛み砕く。
「……つまり、パンを見ただけで、原材料から作り方まで。果ては、アレンジ方法まで知ることができる、ということですか」
「その通りじゃ」
「なるほど、見えてきました。要するに、認知外のものに関しては、知りようがないというわけですね。しかし、一度知れば、全てを看破できる」
「さすがミュールじゃな、余計な説明せずともあっさり理解してきおる。その非ざる存在は、神にとって認知外の存在。じゃが今回、あちらから接触をしてきた。ゆえに、様々な神がこれを機会と捉え、その存在を全知の枠に入れようとしているわけじゃな」
「理解しました。私たちの世界で彼らが自由に活動することを許されているのは、神が知る機会を多く得るためというわけなんですね」
「ピンポンじゃ」
「ですが、一つ腑に落ちません。何故、リョウさんなんですか?」
「接触者、だからじゃろうな」
「それは看板さんも言ってました……つまり、彼という存在が窓口になっている?」
「そんなところじゃろう」
ミュールは眉をひそめつつ、両腕を組みます。
「彼に触れることは、禁忌なのでは?」
「大丈夫じゃろ。その非ざる者は拒絶されておる形じゃからな。ゆえに、事が起きにくい。じゃが、他の者が触れようものなら、どうなるか……」
「アスカさんのような強力な存在が名前を口にしただけでも、彼が反応を示すかもしれませんからね」
「まぁ、ワシ的には特に問題ないと思うのじゃがの。じゃが、他の神々は僅かでも刺激したくない、というのが本音じゃろうな。神ですら見通せぬ存在じゃし」
ミュールはしばし考え込むように視線を落とすが、ふと思い出したように顔を上げる。
「このことを、妹の柚迩さんには?」
「当然、秘密しておくべきじゃ。互いに力を操れることを知らぬが不文律じゃからな。そういえば、我が愛弟子柚迩は、今頃何をしておるじゃろうなぁ?」
「え、すぐに会えるでしょう。アスカさんの力なら?」
「それがの、毎日にように遊びに行っておったら、あやつ、高校受験に失敗しおってな。それがめっちゃウケたのじゃ、あははは!」
「ひどい……」
「それで、出禁を食らったのじゃよ……」
アスカは寂しそうに両方の人差し指を合わせて、くるくると回す。
ですがミュールは、そんなアスカの姿を憐れむことなく、突き放した言葉を返しました。
「当然でしょうね」
「いやいや、志望していた私立は落ちたが、公立には受かっておるからよいだろうに。そもそも、あやつは『連邦』のアカデミーの修士課程を終えておるんじゃぞ。いまさら、学歴なんぞ必要あるまい」
「自分の住んでる場所だと意味のない学歴じゃないですか。それ、どこで使うんですか?」
「堂々と履歴書に大学名を書いて、資格欄には『星間工学マスター・ライセンス』って書けばよいじゃろ」
「聞いたことのない大学名に、謎資格。面接官から一発お祈り査定ですよ!」
そんなミュールの言葉は馬耳東風。
アスカは不満をぐちぐち唱え続けています。
ミュールはそれらにツッコミを入れていたら話が進まないと思い、話を〆ることにしました。
「ともかく、状況は理解できました」
「理解して、どう動くつもりじゃ?」
「動きませんよ。観察くらいはしますけど」
「それ、動くフラグじゃぞ」
「余計なお世話です。それよりもモニターに『YOU DIED』とでかでかと表示されてますが、いいんですか?」
「ぷぎゃぁあぁああ! しまった、放置しっぱなしじゃった! おのれチーターめ! ならばこちらは、運営にクレームの嵐スキル発動じゃ!!」
マウスとキーボードを操る神を横目に、ミュールはリョウと看板のことを考えます。
(アスカさんはどうでもいいという態度を取っていますが、他の神様はどう思っているんでしょうかねぇ……?)




