第3話 らすとはーべすと
『ここは、植物が支配する世界。知性あるなすびたちが国家を築き、世界を治めている。』(by.看板)
玉座には深紅のガウンを纏う、なすびの王様。
巨大ななすびの胴体からは、ガテン系タイプのがっちり筋肉もりもりの両手両足が生えてる。しかも毛深い……。
この様子から、エルフの美少女も妖艶な魔法使いのお姉さんもいなさそうです。
「はぁ~」
「王様の前でため息とか、駄目だと思う」
「駄目も何も、俺、王様の前でパジャマ姿だぞ」
「ぷふ、パジャマで謁見してるよ、この人」
「ムカつく看板だな! そういや、おまえの名前、看板でいいの?」
「よかよ」
「それ、どこの方言?」
「おい、哺乳類! 余の声が届いておらぬのか?」
なすびの王様がすっごい野太い声を響かせてきやがったので、しゃーなくそっちを見た。
「はい、聞こえてます」
「我らが創造主ナスノウより、異界の来訪者が現れ、我らの危機を救うという啓示を受けた。よって、救え!」
「このなすび、居丈高だなぁ」
「王様ですしおすし」
「なすびでも王様か……で、王様。俺に何をしてほしいんすか?」
そう尋ねると、王様は柱の前に控えていた兵士に命令を発する。
「おい、例のものを」
「はっ」
白銀の甲冑を纏ったなすびが両手に小さな籠を抱えて、こちらへ向かってくる。
そのなすび兵士の手は、なぜか小刻みに震えていた。
「こ、これをどうぞ」
「はい、じゃあ」
覗き込み、籠に入っていたものを手に取り、指先で開け閉めをする。
――シャキン、シャキン
その途端、兵士が青ざめて腰を抜かした。紫だけど、たぶん青ざめてると思う。
「ひぃぃ!」
「ど、どうしたの?」
「おい、哺乳類!」
「な、なに王様?」
「むやみやたらと神器――剪定ばさみを操るではない!」
それは神器とか大層なことを言われているが、見た目は百均で売ってそうな家庭菜園用のはさみ。
「なんのありがたみも感じないんだけど……これで何をすればいいの、王様?」
「うむ、現在、余の世界では病が蔓延しており、我らの揺り籠・『ナス畑』が危機に瀕しておるのだ」
「はぁ?」
王は玉座から立ち上がり、無駄にたくましい腕を伸ばして、ビシッと指先を突きつけてきた。
「その神器をもって、病にかかったナスを間引いてほしいのだ!!」
「間引く? え!? いや、間引くって……それって殺人。いや、殺ナスじゃないの!?」
「ふん、低能な哺乳類には理解できないだろうが、我らなすびは、畑に実っている間は知性も魂もない――ただのナスなのだ! ゆえに、野菜のナスを収穫することと変わらん」
「はっ? それなら、俺じゃなくても自分たちでやればいいじゃん」
「ナスと言えど、我らが祖となる存在。創造主ナスノウの教えの下、我らは手出しできぬのだ」
「はぁ、なるほど。つまり、病にかかったナスを収穫すればいいのね」
「その通りだ、哺乳類の勇者よ! 期待しているぞ!!」
この期待に棒読みで答える。
「はい、頑張ります。あと、哺乳類ってのはやめてよね。めっちゃ見下してる感あるし」
――ナス畑
瞳を左に振っても、右に振っても終わりが見えない広大なナス畑。
これを人力で、しかも一人でひたすら剪定していくって……死ぬほど重労働の予感。
いや、それ以上に……。
俺は病気のせいで、ヘタの色が赤く変色しているナスをチョキンと切った。
すると――
「し、しにたくないぉっぃぃい……」
ナスはしぼみ、息絶えた。
「って、何でしゃべるんだよ!?」
「あのあと、王様が言っていたじゃん。病気のナスは音を発するって」
「言ってたけどさ! これほんとに音なの? しゃべってるけど!?」
「ウィルスが自己防衛本能で行っているだけで、このナスに高度な知性はないよ。つまり、ただのナス」
「ただのナス? ただのナス、ほんとに?」
もう一個、ヘタが赤く変色したナスを切る。
「このうらみはらさでおくべきかぁあああ」
胃の奥がきゅっと縮む思いだが、堪えてさらに切る。
「パパ、ママ、いたいよ~、くるしいよ~」
俺は耐えきれず、足をふらつかせて、片膝を折るように地につけた。
「ダメだ! もうダメだ。こんなの続けてたら、頭がおかしくなる」
ここで看板が、追い打ちをかけるような文字を描く。
「その声は、かつて隣の家に住んでいた幼稚園児の声に酷似していた。悲劇の音色たちは、百均のハサミが放つ、『パチン』という安っぽい音と共に、ゴミ箱へ捨てられていく……」
「その叙述的な言い回しやめろ、めちゃくちゃへこむから!」
「あのね~、へこむ理由なんて一ミリもないんだって。この声は機械仕掛けの人形が、適当なパターンを組み合わせてしゃべってるのと同じ。さぁさぁ、どんどん殺害、おっと、収穫していこう!」
「お前の冗談、全く笑えない……ん?」
なにやら、畑を囲っている柵の向こうから騒ぎ声が聞こえてきた。
無数のなすびの軍団が、なすびの兵士ともみ合っている。
「ナス権蹂躙反対!」
「ナスだってなすびだ! これは殺ナスと同じだ!!」
「そうだ、ナスを守れ。病気をしたから殺すなんて野蛮なすびだ!!」
俺は騒いでいるなすびたちに指をさしながら、看板に尋ねた。
「あれ、なんすか?」
「抗議団体だね。だけど、気にする必要ないよ。あれらはどこの世界にもいる、自分たちを高尚な存在と勘違いした連中の戯言だからさ」
「いろいろ敵に回しそうな発言はよせって――あ! 一人が、いや、一ナスが兵士の壁を突破してこっちに来るぞ」
子どもと思われる小さななすびが俺の下に走り寄ってきた。
「この、哺乳類め! お前にナスの心はないのか!!」
「う~ん、ナスの心はないかなぁ」
「この、ナスでなし、プププププ」
「え!?」
子なすびが口を尖らせて、種と思しき粒を飛ばしてきた。
「いたたたた! けっこう痛い! しかも唾液で粘っこい」
「どうだ、熟してない僕の攻撃は!?」
「すっごい青臭いです」
「へへ、もう一度」
「こら、やめないか!!」
兵士の一人が、子なすびを羽交い絞めにするが、抵抗をやめない。
「この、放しやがれ。僕は自由と平和のために戦うぞ! 平和のためなら何をやってもいいんだ!」
「いやいや、平和の意味を辞書で調べてこいよ……」
「うるさい、パパとママは辞書よりも正しいんだ!!」
子なすびは捨て台詞を残して、兵士から強制的に退場させられた。
残ったのは、粘っこく青臭い種塗れの俺と、無傷の看板だけ。
「うへ~、気持ち悪いなぁ」
「…………」
「ん、どうした看板。わざわざ、沈黙を表す表記を出して?」
「空気を読んで出してみた」
「何の空気を読んだの?」
「ほらほら、収穫を続けないと。邪魔が入る前に」
「あ、ああ」
なにか奇妙な引っ掛かりはあったが、こいつが奇妙なのは最初からなので、俺はすぐにこのことを忘れた。
そうして、泣き叫ぶナスの収穫へ、再び向き合う。
(罪悪感はあるけど、世界の復元のためだ。勘弁してくれよな)




