第2話 紫色の王様
――――穴ぽこへ
看板と話していても仕方ないので、地面に刺さっていた看板をひっこ抜く。
見た目は重量感ある木製のくせにけっこう軽い。でも、非常にしっかりした作り。
そいつを片手に、『穴ぽこ』と呼ばれる次元の扉の前まで来た。
草原のそこかしこに、名前通りの穴ぽこがいくつも口を開けている。
穴ぽこの奥では、金色と紫が混じり溶け合う、奇妙な渦が巻いていた。
「この穴に飛び降りて、入るって感じ?」
「うん、そう」
「穴の向こう側には異世界があって、問題を解決すると善行ポイントが積まれる?」
「せやで」
「言葉遣い、丁寧語厳守!」
「そのとおりです」
俺は穴ぽこを覗き込む。暗闇の中心に揺蕩う金色と紫の渦。
「大丈夫かよ。死んだりしない?」
「死なない。自信をもって!」
「それ、なんの自信? そもそもとして、俺、ごく普通の高校生なんですけど? 世界の悩みを解決するとか、できるんだろうかね?」
「なら、諦める? 復元は駄目になり、君もここで飢え死に。ご苦労様でした」
「待て、終わらせるな!」
なんだろうね? こいつの言いなりって感じがするんだけど……でも、このままだと死ぬだけだし――。
周囲を見渡す。
草原……名も知れぬ草を食べる勇気はない。
だからと言って、看板の言うとおりにしていいのか?
こいつは何者なんだ? 手違いってなんだよ? 俺を救った理由がたまたまなのは本当なのか?
しかし、情報が何もない以上、看板の言うことを信じるしかない。それが腹立つ。
不条理を前に、奥歯を噛むことで湧き上がる悔しさを誤魔化し、穴ぽこを睨みつける。
「はぁ、行くよ! 世界を救うため! 自分が生き残るためにな!!」
一度大きく息を吸い、ちっぽけな勇気に火を灯して、俺は穴ぽこへ飛び込んだ。
その際、看板の表示面がこう書き換わる。
「あ、言い忘れてた。君の選択や振る舞いが復元に影響を与えるから、異世界での行動にはくれぐれも気をつけるように」
「そういうことは先に言えよ! ぬわっ!?」
渦に触れた途端、眩暈でも起きたかのように視界が歪む。
ふと両手を見ると、形が間延びして、ぐにょぐにょに曲がっていた。
いや、手だけじゃなくて、足も胴体も全部がぐにょぐにょ。
それでも、意識ははっきりしている。
(よくわからんが、大丈夫そうだな。うん?)
歪んでいた世界が一瞬暗くなると、次に光が見えて近づいてくる。
(出口? あの先に異世界が……どんな世界なんだろうな?)
心の片隅に純朴な興奮が宿る――自分の世界が滅びたというのに、なんで俺はこんなに冷静なんだろう?
しかし、その疑問は体を突き抜ける光によってかき消された。
光が視界から遠ざかると、一気に異なる世界へと飛び出す。
「よく来たな、異世界の来訪者よ。仔細は聞いている。我々を救ってほしい」
飛び出した場所は、大理石の石柱が建ち並ぶ、荘厳なお城。
正面を向くと、そこには玉座らしきものが。
その椅子には、深紅のガウンを纏い、頭に王冠を乗せた、紫の肌を持つ――
「なすびじゃねぇか!!」
王の姿をした巨大ななすびが、玉座に深く腰を掛けていたのだった。




