第27話 愛の果てに
「こっちだ!」
俺は可憐なドレス姿の王女の手を引き、鬱蒼とした森の中を駆け抜けていた。
あと少しで、合流場所まで届く。
「リョウ様、前を!」
金色の髪を揺らす王女から目を離し、森の出口付近へ顔を向ける。
「ここまでだ! さぁ、王女を返してもらうぞ」
大柄な男を中心に、屈強な兵士たちが道を阻む。
俺は王女から手を離し、看板を地面に刺して、懐から包丁を取り出した。
「チッ、あと少しだったのに! 看板、ポイントを使う! あいつらに勝てるだけの肉体強化!」
「まいどあり~、519ポイント使用で~す。残りは80001Pで~す」
宣言と共に、充足感が肉体を満たす。
筋肉の筋の一本一本に、力の流れを感じる。
「よし!」
俺は己の残像を生み出すほどの素早さで兵士たちをなぎ倒し、包丁を大柄な男の首筋へと突きつけた。
「失せな。お前らでは、俺に勝てない……」
「な、なんという少年だ。王国最強の近衛兵たちをこうも容易く……」
大柄な男は役目を全うできぬと判断し、ひとまず兵士を率いて立ち去った。
「ふぅ~、疲れる。看板、浄化は不要。しばらくこの強さを維持したい」
「りょ~か~い」
俺は黒い瞳で、王女の蒼玉の瞳を真っ直ぐと見つめた。
「さぁ、行こう。あんたの王子様が待ち侘びている」
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『ここは、対立する二国が、覇権を競い合う世界。だけど、敵対する王女と王子が恋に落ちてしまった』( by.看板)
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俺は森から出て、荒れた土地を歩みながら、月が真上へ差し掛かろうとしている空を見上げた。
「ぶん殴る宣言してからのお仕事が、まさか駆け落ちの手伝いになるとはなぁ~」
今回の依頼内容は城から王女を連れ出して、王子様に届けること。
依頼相手は、その王子様の母親。
今までは世界がどうこうなるレベルの内容だったのに、急に昼メロみたいな内容になった。
この調子だと高ポイントは期待できないだろうな。
やるせなさに、小さくため息をつく。
その息に気づいた王女が、申し訳なさそうに声をかけてきた。
「申し訳ございません。私のために……」
「ん? あ、ごめんごめん。仕事の愚痴みたいなこと言っちゃって。しっかり仕事はこなすんで心配しないでね。このとおり、ふふ~ん」
俺は力こぶを見せつけるように、ぐっと腕に力を入れて、ちょっぴり不敵な笑みを見せる。
それに王女は小さな笑い声を立てた。
「くすっ……あの、リョウ様。合流地点までは、あとどの程度の距離があるのでしょうか?」
「この荒野の先に窪地があって、そこが約束の場所なんだけど……」
その場所を指さしたが、それはまだまだ遠い。そうであるのに王女は……。
「そうですか、では参りましょう」
不満一つ漏らすことなく、前へ歩き出した。
俺は彼女の足元を見る。
(パンプス。歩きやすいようにヒールの部分は削ってるけど、それでも、この荒野を歩くには不十分。森の中を駆け抜けた時に相当足を痛めているはず。それなのに……)
彼女は俺に助けを乞うこともなく、自分の足で歩くことを選択した。
そこにあるのは、並みの者にはない揺るがぬ心。
(これは王族の誇りってところか? それとも、王子への愛がそうさせるのか? 愛……俺にはまだ難しい感情だな)
――――窪地へ
約束の場所へ訪れたが、誰もいない。
「月が真上に来る頃って約束だけど、どうなってる?」
「リョウ様……」
王女は不安に押され、俺の名を呼んだ。
その不安が……的中してしまう――。
「王女を捕らえよ!」
窪地を覆うように、魔力の宿る青色の壁が展開された。
高台には無数の人影。
全員が深い青色のフードを被った、魔導士のような出で立ちをしている。
「クッ、王国の追手か」
「い、いえ、違います……あの方々は、私の国の魔導士ではありません!」
「え? って~と、つまり王子側の?」
青色の服を纏う魔導士の中で唯一、純白の導師服を纏う女性が高台の頂点に立つ。
「あなたを捕らえて、凌辱の限りを尽くす。そうすれば、愚かな息子も妄想じみた恋から醒めるでしょう」
女魔導士の姿を見た王女が、体と言葉を震わせる。
「そ、そんな、あなたは王子の……お義母さま」
「私を母と呼ぶな、売女め!」
俺は二人のやり取りを前に、軽く脳がシェイクされていた。
「はい? あのおばはんは依頼主? その依頼主が王女を襲う? あれ、これって、もしかして……看板?」
「王女を連れ出すために、君は利用されたってことだね」
「マジかぁ~、なんでそんなことするんだよ、おばはん!」
「お、おば!? なんと無礼な! 水の女神アルターシャの導きに従い、異邦なる存在に助力を得ましたが、どうやら下卑た輩のようですね」
「誰が下卑た輩だ! 俺を騙し、王女を凌辱するだって? あんたは二人の仲を取り持つつもりじゃなかったのか!!」
「わたくしの大切な息子を、憎き王国の王女へ差し出すものですか! 蛮族の穢れた血が、崇高なる我が一族に交じるなど、想像するだけで吐き気をもようす! 犬に、息子を差し出す母などいません!」
「あんたな――!!」
「すべては愛ゆえに! あの子は私の宝! だからこそ、穢れを遠ざけねばならない!!」
おばはんは次々と透明な水球を生み出す。
月光を受けて煌めくそれは、一見すると宝石のように美しかった。
だが俺には、その一滴一滴にドブのような悪臭が染みついているようにしか思えない。
月光を歪める醜悪な輝きが、揺るがぬ決意を宿した王女の瞳を焼く。
あまたの光を反射していたその瞳から、瞬く間にすべての光が奪われていった。




