第26話 俺がいた世界……?
俺を呼んだ勇者と魔王は、こう問いかけてきた。
「あの力は、君本来の力ではないよね?」
「魔力が失われているようだからな」
「――っ!?」
速攻でバレた! ってかバレてる! ――死!?
一気に溢れ出した冷や汗に溺れつつも、俺はそろりと足を後ろへ動かす。
しかし二人は……。
「別に君をどうこうする気はないよ」
「したところで意味はないからな。ただ、疑問があるので尋ねたいだけだ」
「ほんと、斬らない?」
「斬らない。なぁ、リョウ。君は戦いの経験があるのかな?」
「武術に魔法と、超一流の達人並みであったぞ」
「いや、ないよ。魔力を体に宿しただけだし。そもそも、俺の世界は科学という力の世界で、魔力なんてないし」
二人は顔を見合わせる。
勇者がひそめた眉を俺にぶつけて、それに魔王も続く。
「魔法を知らないのに、なぜ魔法が使えたんだい?」
「しかも、高度な転移魔法も使用していた。知らぬではできぬだろう?」
「……さぁ?」
と、言いつつ、戦いのことを思い出す。
(何やら、戦っている最中に思い出したことがあるようなないような?)
だけど、戦いに意識を取られて、すぐに忘れてしまった
「う~ん、よくわからないけど、魔力が宿ったついでに、そこら辺の知識もついてきたんじゃないかな? たぶん」
「いや、少年。仮に知識がついてきたとしても、あの立ち回りは戦いを知らぬ者の振る舞いではないぞ」
「そんなこと言われたって、俺にはわからないよ」
「なぁ、リョウ。本当に君は、魔力のない世界の住人なのかい?」
「ああ、科学の世界。人を月に送り込んだりしてるんだぜ」
「人を月へ!? それはすごい世界だな。君がいた世界の名前は?」
「それはね…………あれ?」
「どうした、リョウ?」
「いや、それが……自分の、世界の名前が……わからない?」
何故だ……なんで、自分の世界の名前がわからないんだ?
自分の住む世界だぞ!
「おい、思いだせ……車は知ってる! スマホも知ってる! 近所のお弁当屋さんも知ってるのに! なのに!! なんで、なんで、なんで――なんでだ!?」
胸が焼けるように痛い。
その苦しさを紛らわせるように、自分の胸元へ爪を立てた。
その様子を目にして、勇者と魔王は思わず声を上げた。
「落ち着け、リョウ!」
「少年、気を保て!」
「ああ、わかってる。俺は冷静だ。冷静だ! 冷静なんだ!!」
「リョウ……」
「少年……」
俺は踵を返し、視界を濁らせる涙を拭わず、ただ看板に向けて怒号をぶちまけた。
喉が焼けるほどの叫びが、行き場を失って虚空に響き渡る。
「看板!! どういうことだ! 俺は、俺は! 自分の世界の名前がわからない!! 何故だ!!」
草原の風が舞い、それは渦を巻いて看板へ集約される。
看板は……こう表面に書き記した。
「世界が滅びた際に、大部分の記憶が失われた。君は断片のみで再構成されたんだ。だから、知らないことがある」
「断片……じゃあ、俺は何を知っていて、何を知らないんだ?」
「さぁ、それは僕にはわからない。何が君に残っているのかなんて、知らない」
――知らない
これは事実を渡しただけの言葉だろう。
だけど、冷たく切り離されたような感覚を覚え、俺は感情のままに看板へ声を荒げた。
「知らないだと! ふざけんな! 俺は何のために善行ポイントを集めていると思ってんだよ! 自分の世界を取り戻すためだぞ! なのに、世界の名前すら知らないってなんだよ!! 知らないもののために、俺は頑張っているのかよ!!」
「それは……」
看板は戸惑いを表すように、わずかの間、文字を止めた。
だけどすぐに、いつもの突き放したような……当事者であるくせに、第三者が言い放つような文字を並べる。
「……世界の名前を知らなくても、その世界があった記憶が残っているだろ? そのために頑張ればいいじゃないか」
「ふざけたこと抜かすなよ、このくそ看板が!」
看板に近づき、蹴っ飛ばしてやった。しかし、看板は無傷。
逆に、こっちの足に痛みが走る。
「いってぇぇ! くそ、無駄にかてぇな!」
「落ち着いてよ、リョウ。その記憶も含めて、すべてを取り戻すために、ポイントを集めていると思えばいいんだよ」
「簡単に言ってくれるなよ!」
もう一回、蹴り上げてやろうとした。
そこで、勇者と魔王が止めに入った。
「もうやめるんだ!」
「自分が怪我をするだけだぞ」
「――くそっ!」
俺はその場で胡坐をかいて座り込む。
地面を掻きむしりながら、勇者と魔王に向かって声を絞り出す。
「二人とも、行かなくていいのか……」
「君こそ、一人で大丈夫か?」
「落ち着くまで共にいようか?」
「……大丈夫、大丈夫。目的を整理してるだけだから」
世界を覚えてない。でも、ポイントを集めないと何もできない――――だけど、こんな境遇を甘んじられるほど、俺は人間が出来てない。
だったら、やることは一つしかない。
俺は立ち上がり、土が纏わりついた両手を払って、二人へこう答えを返した。
「どうやら、神をぶん殴ってやりたいのは…………あんたたちだけじゃなくなったようだ」
「……ふふ、そうか」
「良い気構えだ。立ち止まっていても、意味がないであろうからな」
俺は看板へ人差し指を突きつけて、宣言した。
「百万ポイントじゃ足らない!!」
「え?」
「数百万、数千万ポイント貯めてやる。そしてそのポイントで、管理者ってやつをぼこぼこにしてやるぜ!!」
――看板
リョウが真実の一部を手にした。
しかし、残酷な現実を前にしても、一瞬たりとも立ち止まることなく、歩む強さを見せた。
その姿を目の当たりにした看板は、記憶領域に不思議な感覚を覚えていた。
(なんだろう? どうして、僕は戸惑ったの? 戸惑う必要なんてないのに。だって、僕はただの案内役。そのために作られた存在)
記憶領域の片隅から何かが広がる……それは、看板に奇妙な懐かしさを付与した。
(……僕は、知っている? そう、僕は……友と仲間の大切さを知っている。この想いは、どこから?)
片隅……そこは無の領域に関する知識が、いつの間にか組み込まれていた箇所。
一体だれが、何のために……?




