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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第五章 血液の世界

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第20話 内緒のお話

 血液の世界にいた少女。

 見目はとても愛らしい。

 なのに、ゾッとするほど美しい。


 その美貌が、なぜか俺を恐怖に包む。

 

(か、看板の言うとおり、さっさと戻った方がよかったかも!)


 少女は俺をじっと見つめると、小さく声を上げようとして、すぐに閉じた。

「……りょ……うん?」



 少女は茶色のウエストポーチに手を突っ込み、「どこに置きましたっけ?」と言いながら、ガサゴソと弄(まさぐ)り始める。



 今の反応は何だ? りょ?

 ……まさか、リョウ? 

 もしかして、俺の名前を言おうとした?

 だとすると――この子は俺のことを知っているのか!?

 だけど俺は、こんな子知らないぞ?


 それについて問いかけようとしたところで、少女は巨大な水晶をウエストポーチから取り出した…………大きさが明らかにポーチを上回っているんだが、どうやって入っていたんだろう。


「動かないでください!」

「あ、うん、はい」


「え~っと、次元係数は~~~~none!? ふむ、となると……」



 水晶を看板へ向ける。

「ふむふむ……」

 少女の顔が険しくなっていく。

 眉をひそめても愛らしさが崩れない表情を見せつつ、看板へ奇妙な問いを投げかけた。


「どうして、あなたのような存在がここにいるのですか?」

 

 これに看板は沈黙。何も答えない。

 少女は小さなため息を漏らすと、俺の方をちらりと見た。


「失礼します。名乗りがまだでしたね。私は理(ことわり)を司る錬金術師ミュール。普段はお薬を調合しています」

「薬を?」


「はい。私の薬の基底を成す材料は血液ですので、よくこの惑星に採血しに来ているんですよ」

「血が、薬、ね……」


「それで、あなたのお名前は?」

「ああ、ごめん。そうだったな。俺はリョウだ」

「リョウ……ふむ」



 ミュールは人差し指をこめかみに当てて、考え込む様子を見せる。

 この態度はどう受け取れば……ここは最初に抱いた疑問を素直にぶつけてみよう。


「あの、どこかで会ったことある?」

「……ナンパですか?」

「違う!」


「そうですか……私はあなたに会ったことはありませんよ」



 微妙に含みがある言い方のような? そんな気がしないでもないが……。

 ミュールは視線を少し上げて、俺の肩に置いた看板を見つめる。


「あの、そちらの方と少々立て込んだお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「それはこいつと、サシでってこと?」

「そういうことです」

「いいけど……」



 地面を見る=肉。看板は刺せない……。


「どうしよう、地面に置いておくか」

「ちょっと失礼します」

「え?」


 ミュールは俺から看板を軽やかに掏(す)ると、容赦なく地面へ突き刺した。

 ブシュッとした激しい音と共に、地面からはどくどくとした血液が溢れ出す。


「ちょちょちょちょ、こ、ここ、これやばいんじゃない? めっちゃ血が出てる!!」


「問題ありませんよ、これくらい。この子は星と同じくらい大きい生命体です。この程度の傷、蚊に刺されたよりも小さいんですから」


「いや、でも、肉にグサってのはちょっと……」

「いいから気にしないでください。ともかく、こちらの方と話がありますので、申し訳ありませんが少しばかりの間、離れていてくれませんか」


「あ、ああ」



 半ば強制というか勢いに押されたというか、俺は素直に従い、彼女たちから距離を取った。




――ミュールと看板の会話


 ミュールは地面に突き刺した看板を見下ろす。

 看板の根元からはいまだに出血が続いているが、二人とも気にしていない。


「再度、問いますが、どうしてあなたのような存在がこのようなところに?」


 彼女の質問に対して、看板はいつもの軽薄な言葉を描かず、相手を威嚇するような横柄な態度を取った。

 

 いや、まるで別人というべき態度、と記す方が適当であろうか?

「……許可は得ている。貴様が介入する余地はない」

「介入なんてしませんよ、面倒そうですし」


「ならば、この場から立ち去れ」

「高圧的な態度は交渉をこじらせますよ。許可を得ているということは、高位存在は了承済みというわけですか、あなたの滞在を」


「そういうことだ」



 ミュールは顎に軽く人差し指をかける。

(興味深い反面、宇宙全体のバランスを崩しそうで、距離感が難しいですね。特に彼の存在が)

 一度、リョウを見て、再び頭の中で言葉を響かせる。


(関わらないが大原則。だけど、どうして彼を?)


「あの、なぜ、リョウさんなんですか?」

「唯一の接触者だからだ」

「……なるほど、そういうことですか。リョウさんの妹さんについては?」

「関わりはない」


「わかりました。こちらも関わらないが原則ですので」

「ならば、放っておけ」


「念のために注意しておきますが、妹の柚迩(ゆに)さんは、兄のリョウさんについて詳しくは知らない。兄のリョウさんもまた、妹の柚迩(ゆに)さんについては詳しく知らない体(てい)を保っているんですからね」


「それは貴様以上に理解している。こちらは当事者でもあるからな」

「それは、たしかに。では、おねがいしますよ。もし、互いが詳しく事情を知ることになれば、宇宙全体の調整がどれだけ面倒になるか」


「それについても理解している。貴様たちの宇宙を破壊する意図はない。これは…………ただの探求だ」


 間を置いての答え。

 これに、ミュールは不審を覚えたが、今は言葉をそのまま受け取ることにした。

「ふふふ、そうですか、探求……まさか、ここに非(あら)ざる存在に、そのような意思があるとは、驚きです」


 ミュールは三度(みたび)、リョウへと顔を向ける。


「話は終わりましたよ」

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