第20話 内緒のお話
血液の世界にいた少女。
見目はとても愛らしい。
なのに、ゾッとするほど美しい。
その美貌が、なぜか俺を恐怖に包む。
(か、看板の言うとおり、さっさと戻った方がよかったかも!)
少女は俺をじっと見つめると、小さく声を上げようとして、すぐに閉じた。
「……りょ……うん?」
少女は茶色のウエストポーチに手を突っ込み、「どこに置きましたっけ?」と言いながら、ガサゴソと弄り始める。
今の反応は何だ? りょ?
……まさか、リョウ?
もしかして、俺の名前を言おうとした?
だとすると――この子は俺のことを知っているのか!?
だけど俺は、こんな子知らないぞ?
それについて問いかけようとしたところで、少女は巨大な水晶をウエストポーチから取り出した…………大きさが明らかにポーチを上回っているんだが、どうやって入っていたんだろう。
「動かないでください!」
「あ、うん、はい」
「え~っと、次元係数は~~~~none!? ふむ、となると……」
水晶を看板へ向ける。
「ふむふむ……」
少女の顔が険しくなっていく。
眉をひそめても愛らしさが崩れない表情を見せつつ、看板へ奇妙な問いを投げかけた。
「どうして、あなたのような存在がここにいるのですか?」
これに看板は沈黙。何も答えない。
少女は小さなため息を漏らすと、俺の方をちらりと見た。
「失礼します。名乗りがまだでしたね。私は理を司る錬金術師ミュール。普段はお薬を調合しています」
「薬を?」
「はい。私の薬の基底を成す材料は血液ですので、よくこの惑星に採血しに来ているんですよ」
「血が、薬、ね……」
「それで、あなたのお名前は?」
「ああ、ごめん。そうだったな。俺はリョウだ」
「リョウ……ふむ」
ミュールは人差し指をこめかみに当てて、考え込む様子を見せる。
この態度はどう受け取れば……ここは最初に抱いた疑問を素直にぶつけてみよう。
「あの、どこかで会ったことある?」
「……ナンパですか?」
「違う!」
「そうですか……私はあなたに会ったことはありませんよ」
微妙に含みがある言い方のような? そんな気がしないでもないが……。
ミュールは視線を少し上げて、俺の肩に置いた看板を見つめる。
「あの、そちらの方と少々立て込んだお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「それはこいつと、サシでってこと?」
「そういうことです」
「いいけど……」
地面を見る=肉。看板は刺せない……。
「どうしよう、地面に置いておくか」
「ちょっと失礼します」
「え?」
ミュールは俺から看板を軽やかに掏ると、容赦なく地面へ突き刺した。
ブシュッとした激しい音と共に、地面からはどくどくとした血液が溢れ出す。
「ちょちょちょちょ、こ、ここ、これやばいんじゃない? めっちゃ血が出てる!!」
「問題ありませんよ、これくらい。この子は星と同じくらい大きい生命体です。この程度の傷、蚊に刺されたよりも小さいんですから」
「いや、でも、肉にグサってのはちょっと……」
「いいから気にしないでください。ともかく、こちらの方と話がありますので、申し訳ありませんが少しばかりの間、離れていてくれませんか」
「あ、ああ」
半ば強制というか勢いに押されたというか、俺は素直に従い、彼女たちから距離を取った。
――ミュールと看板の会話
ミュールは地面に突き刺した看板を見下ろす。
看板の根元からはいまだに出血が続いているが、二人とも気にしていない。
「再度、問いますが、どうしてあなたのような存在がこのようなところに?」
彼女の質問に対して、看板はいつもの軽薄な言葉を描かず、相手を威嚇するような横柄な態度を取った。
いや、まるで別人というべき態度、と記す方が適当であろうか?
「……許可は得ている。貴様が介入する余地はない」
「介入なんてしませんよ、面倒そうですし」
「ならば、この場から立ち去れ」
「高圧的な態度は交渉をこじらせますよ。許可を得ているということは、高位存在は了承済みというわけですか、あなたの滞在を」
「そういうことだ」
ミュールは顎に軽く人差し指をかける。
(興味深い反面、宇宙全体のバランスを崩しそうで、距離感が難しいですね。特に彼の存在が)
一度、リョウを見て、再び頭の中で言葉を響かせる。
(関わらないが大原則。だけど、どうして彼を?)
「あの、なぜ、リョウさんなんですか?」
「唯一の接触者だからだ」
「……なるほど、そういうことですか。リョウさんの妹さんについては?」
「関わりはない」
「わかりました。こちらも関わらないが原則ですので」
「ならば、放っておけ」
「念のために注意しておきますが、妹の柚迩さんは、兄のリョウさんについて詳しくは知らない。兄のリョウさんもまた、妹の柚迩さんについては詳しく知らない体を保っているんですからね」
「それは貴様以上に理解している。こちらは当事者でもあるからな」
「それは、たしかに。では、おねがいしますよ。もし、互いが詳しく事情を知ることになれば、宇宙全体の調整がどれだけ面倒になるか」
「それについても理解している。貴様たちの宇宙を破壊する意図はない。これは…………ただの探求だ」
間を置いての答え。
これに、ミュールは不審を覚えたが、今は言葉をそのまま受け取ることにした。
「ふふふ、そうですか、探求……まさか、ここに非ざる存在に、そのような意思があるとは、驚きです」
ミュールは三度、リョウへと顔を向ける。
「話は終わりましたよ」




