第19話 血液と少女
――草原
俺は野菜を炒め、皿に盛り、目玉焼きを作ってその上にポイっと置いた。
「白いご飯がないのは寂しいけど、いただきます!」
草原に敷いた毛皮の上でお食事タイム。
目の前に立つ看板が何やら文字を浮かべる。
「どうしたの、その食糧は?」
「もぐもぐ、あ、これ? 集落の人たちが感謝か敬いか知らんけど、いっぱいくれたの。ごちそうさま、ゲフッ」
久しぶりに得られた満腹感にゲップを乗せて大満足。
そのまま草原の上で横になる。
「うへぇええ~、ちょっと寝ようかなぁ」
「牛になるよ」
「牛になれたらミルク飲み放題だねぇ~」
看板の嫌味をさらりとかわして、次の世界のことを考える。
(前回は何とか切り抜けた。次の世界でもおかしなことになりそうになったら、アイデアを振り絞って切り抜けないと……)
「う~ん、と」
寝転がったまま背伸びをして、大の字になり、空を見る。
流れる雲に青い空。
考えてみたら、ここってどこなんだろう?
俺の世界が滅びたあとの世界? 別の世界?
「ま、それらはあとで考えるとして……デュフフフ」
「なに、気持ち悪い笑い声を出して?」
「だってさぁ、いま俺には50万ポイントあるんだよ。これをどう使おうかと思って」
管理者に会うためには100万ポイント必要なのでまだまだ半分。
だけど、ここを快適にするために使うなら、おつりが出るくらいのはず。
「どうしよっかなぁ? 家でも建てる? 豪華な食事三昧? あ、移動手段が欲しいな。免許持ってないから自転車になるけど」
「成金」
「やかましいわ! ってか、成金呼ばわりされる内容じゃないだろ!」
俺はよっといった感じで身を起こし、穴ぽこが集まる方角へ体を向ける。
「でも今は、次の世界に行くことを選ぶか」
「あれ、贅沢しないの?」
「もともとポイントは武器になると思っていたけど、前回の出来事で敵対相手がいた場合、こっちも対抗手段がないと駄目なことがはっきり分かったからな」
「だから使わないの?」
俺はにやりと笑う。
「その通り! 贅沢よりも安全保障ですよ、チミ」
「小心者」
「用心深いと言え! さ、穴ぽこに向かうぞ~」
看板を片手に穴ぽこへ。
テキトーに選び、いつものように飛び込んだ。
―――――――――――
そして、訪れた世界。
赤い空。桃色の雲。真っ赤な大地。
『ここは、肉のように弾む赤い大地とぬめる血の川――赤い空と金臭さが満ちる世界』(by.看板)
新たな世界に降り立った俺は、弾力ある地面に足を取られるも何とか姿勢を保つ。
「おっと……なんだここは?」
肉々しさを感じさせる赤い大地。そこに看板を刺すのは、さすがに躊躇いを覚えた。
地面には太い幹のような筋が幾重にも走り、傍を流れる川には、ややぬめり気を帯びた赤い水が流れている。
空もまた赤で、桃色の雲が浮かぶ。
金臭い匂いが鼻孔をつき、俺はたまらず鼻を押さえた。
「うえ! 変な匂い。息をするたびに鉄錆の味が広がるし」
「それは血を吸い込んでるからだね」
「ち? ちって、血液のこと?」
「うん、ここは血で構成された世界。大気中にも、この世界の血が混じってるから、鉄の匂いと味がする」
「はぁあああ!? じゃあ俺は今、ようわからん世界の血液を摂取してるの!?」
「そだよ。血液は完全栄養食。やったぜ!」
「やってねぇよ! そんなもん摂取したくなんて――うえ、大口開けると血の味が口いっぱいに」
なるべく口を閉じておこうと思う。でも、鼻からも匂いが流れ込んできてどうにも止められない。
肺も重く感じて、誰かの体液に沈むような不快感を覚える。
「おえ……これ、摂取しても大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。そんな話よりも、今回のお題を発表するね」
「軽く流しやがって……んで、どんな依頼?」
「血液が病気になってるから、助けてって依頼」
その言葉を聞いて、俺は赤の世界に青色の顔を混ぜ込んだ。
「おおおおい! 血液が病気!? 病気の血液を俺は摂取しているのかよ!!」
「問題ないよ、病気は病気でも、動物性脂肪と糖質の取りすぎでコレステロールと中性脂肪がマッハ。で、血液がどろどろ状態。つまり、感染症とかのおそれは無し」
「中年のおっさんかよ……」
辺りを見回す。風が吹くたびに、鉄の匂いが喉の奥にまとわりつく。足元はジワリと沈み、足裏には脈動が伝わる。
樹木などは一切なく、鳥や犬などの獣もいない。
「真っ赤で何にもないけど、住民とかいないの?」
「いないよ。この世界は巨大な肉の塊と思えばいいんじゃね?」
「お前はどういうタイミングで言葉を砕けさせてるの? ん、待てよ。他に誰もいない? それでどうやって、動物性脂肪や糖質を取ってんだよ?」
「他の惑星を飲み込んでる」
「……この世界、滅ぼした方がよくね?」
おそらくだが、この世界は生き物で、宇宙をさまよい、一つの惑星を食料として摂取しているようだ。
その結果、血液がどろどろに……。
「どんだけ食ったんだよ? 絶対放置してちゃいけない世界だろ」
「食物連鎖だから仕方ないよ。身を守る力のないモノは、食われる運命」
「わかりやすい定義をどうも。でもな、これを助けたあとに、俺の世界が食われるかもと思ったら助ける気が……」
「あははは」
突然、看板が笑い声を上げた。正確には笑い声の文字を浮かべた、だが。
こいつはこう文字を書き綴る。
「それはあり得ないよ」
「あり得ない? どうして?」
「…………」
――沈黙。
今のは何だったんだ?
俺はさらに深く問いかけようとした。
しかし、遠くに奇妙な人影を見つけたため、意識がそちらに強く向いた。
「おい、黙ってないで――え? 向こうに誰かいない?」
「そんなわけ……あっ」
ここから少しばかり距離がある場所――そこには血液の川が流れていて、そのそばには少女らしき子がいた。
その少女は血液の入った三角フラスコを片手に揺らめかせ、ドロリとした赤色に微笑みを浮かべる。
血を見つめる黒の瞳は、まるで恋人を見るように潤んでいた。
「ウフフ、やっぱりここはいいですねぇ。血液の補給に事欠きません。薬の材料を手に入れるには最適の場所」
血を見ながら微笑むという異様な光景に、俺の本能は関わるなとアンテナを掲げている。
その感度抜群なアンテナを後押しするように、看板の文字が震えを交えながら浮かぶ。
「血を追い求めし者、理の錬金術師ミュール……今すぐこの世界から立ち去ろう!」
看板に猫の目が浮かび、注視した場所に草原へとつながる渦が生まれる。
そこには、怯えと焦りがあった。
今までどんなことにも動じなかった看板が……高度な異星人の技術や核融合を前にしてもお茶らけていた看板が怯えを見せる……。
珍しい看板の様子を見て、俺は逆に、少女の存在に興味を抱き――
「あら、この星に来客とは珍しいですね」
先ほどまで遠くにいたはずの少女が、目の前にいる。
その少女の出で立ちは青い服に白いエプロンと、ウサギを追いかけていきそうな服装。
腰元には茶色のウエストポーチ。
栗色のツインテールで、留める髪飾りは青と赤の相克の宝石。
ぱっちりとした黒の瞳は幼さと可愛らしさがあり、同時に大人への階段を踏み出したばかりの色香を漂わせていた。




