第17話 純白な業
突然、誰かが笑った――。
「教えなんて意味がなかったんだな。アハハハハハ、神なんていないんだ。何も見てないんだ!!」
――ぎゃぁぁあぁあぁあ!
次には、どこかで悲鳴が上がった。
そちらへ目を向けると、杖で麻痺させられていたはずの大柄の男が、神官に馬乗りになって、拳を叩きつけていた。
「この嘘つきめが! よくも俺を! 死ね、死ね、死ね!」
「が、ぐは、ごぼ」
神官の顔を殴る音――それは渇いた打撃音から、湿った肉の音へと変わり、悲鳴すらも叩き潰される。
それなのに、大柄の男は殴る手を止めない。
――きゃぁぁあぁあ!
また悲鳴が上がった。
男が女性に圧し掛かっている。
「ぐへへへへ、俺はお前のことを狙ってたんだよ! 教えのせいで何もできなかったけどな!」
「いやぁぁあ、誰か、誰か助けてえぇえ!!」
――や、やめてくれぇええ!
大勢が大きな家に入り込み、略奪を行う。
誰かの泣き叫ぶ声が、別の誰かの笑い声にかき消される。
彼らは口々にこう言う。
「神なんていないんだ! だから何をやっても、地獄なんて行かない! ギャハハハハ!!」
棒で殴られている老人が俺に助けを乞う。だけど俺は、ただ目を合わせているだけで動けなかった。
「ちょ、なにを……やめろって。そんなことをしたら……どうして? どうして、どうしてこんなことに!?」
「彼らは善悪の基準を失ったからだよ」
看板の文字がドロリと溶けて、表示を変化させていく。
「彼らはもともと超原始社会。倫理は宗教と儀式に依存している。だからこそ、教えが消えた瞬間にこうなる。つまり……」
――『神が見ていない世界』は、彼らにとって『何をしてもいい世界』――
「そ、そんな馬鹿な! 神がいなくたって人には良心が――」
「その根幹にある、倫理規定の始まりは、宗教にあるんだよ。その後は法に昇華され、やがては法がなくとも、己の抑制のみにと、昇華されていくんだけどね」
「待ってくれ! じゃあ、じゃあ、あのスーツの連中は秩序を保ってたっていうのか!?」
「そゆこと。代金はエルファという名の命だけど」
「くそ、くそ、くそ、ろくでもねぇ! とにかく止めないと」
経緯はどうあれ、今の混乱を招いたのは俺だ。
俺が止めないと――。
そう思ったのだけど、看板はそれをやめろという。
「すた~っぷ、すたっぷや!」
「はぁ!?」
「この世界の神は、この混乱こそが目的なんだから」
「……何を言ってるんだ?」
「いいかい、リョウ。混乱した者ほど、救いを求める。 救いを求める者ほど、教えは深く染み込む。混乱は恐怖を生み、恐怖は信仰を深化させる……とまぁ、そんな流れを、依頼主は求めてるんだよ」
俺は手を握りしめ、自身の爪を手のひらに食い込ませる!
「ここの人たちがボロボロになるのを見計らって、適当な人間を見繕い、自分を敬う教えを広めようって魂胆かよ!」
泣き叫ぶ声が届く。家から炎が上がり、逃げ惑う人々が瞳に映る。
(俺は……こんな地獄を作るために、あいつらを追い払ったわけじゃない!)
片手でガッと、強く頭を握りしめる。
(考えろ、俺! 何か方法があるはずだ。そうだ、俺は……『リョウ』という存在ならば、何か答えを見つけられるはずだ!)
自分でありながら、まるで自分とは違うものと語る俺。
しかし、そこから起死回生のアイデアが湧き出てくる。
「そうだ……神は下々に干渉できない。だけど、俺は干渉できる! 看板、お前の体を借りるぞ!」
「へ?」
俺は看板を片手に、大勢が見える場所へ持ち運び、そこでこいつを突き刺した。
そして――ありったけの大声で叫ぶ
「聞けぇぇぇ! 神の姿は人の目に触れられぬ。だが――神の使いはここにいる!」
そう叫び、俺は指先で看板を力強く示した。




