第120話 アスカの真の目的
話をアスカが尋ねて来た理由に戻す。
「で、何しに来たの? 愚痴を言いに来たわけじゃないだろ」
「なに、ワシが予測した結果を見届けに来ただけじゃ」
「予測?」
「実はの、ワシはこの騒動について、おぬしの勝敗までは予測できなんだ」
これにミュールが驚きの声を上げた。
「え!? でも、アスカさんはリョウさんが勝つと思ってたんじゃ」
「勝つ可能性が高いと踏んだだけじゃよ。管理者がゲームルール破れば、長男に当たる燎が介入すると考えておったからの」
アスカは俺たちの戦いを兄弟喧嘩と例えた。
俺たちに共通するのは、全員がオリジナルのリョウの心を模倣していること。
だからアスカは、オリジナル=長男・管理者=次男・俺と看板を三男・四男に振り分けたのだろう。
そんな兄弟は仲良くゲームを行う。
しかし、次男に当たる管理者は自分が負けそうになるとルールを破り、無理やり勝ちを得ようとしていた。
それを横で見ていた長男が現れ、次男に拳骨を見舞った格好だ。
看板やミュールもそこまでは納得した。しかし、アスカの予測したものがわからない。
それについて、尋ねる。
「アスカ、お前が真に予測していたもの――いや、望んでいたものは……なんだ?」
彼女はにんまりと口角を上げて笑う。
その笑いは幼い子供が新しいおもちゃを貰ったような純粋で欲望に満ち足りた、至福と強欲が同居するもの。
「ワシはの、おぬしが勝利したのちを、予測した……つまり、おぬしの宇宙の誕生を予測したのじゃ」
「なに?」
「おぬしが悩み、苦しみ、管理者を凌駕し、全てを失うと知ったときに、掴むであろう解をな」
「つまりアスカは、俺が管理者に成り代わり、新たな宇宙を生み出して管理することを予測したのか……」
この神は……とぼけた様子を見せながらも、俺をしっかり観察していた。
俺が管理者の意図から離れた行為を行い、独自の道を歩む。
それは汚染率として反映して、アスカたちが管理する宇宙から遠くかけ離れたものになっていく、と。
俺は、それらのすべてを受け入れて、新たな俺の宇宙を生み出すと……。
「お前は……俺の宇宙に何を望む?」
「別に何も望んでおらぬよ。ただ……」
「ただ、なんだ?」
アスカは両手を腰において、大きく仰け反る。
「面白そうじゃと思ったからじゃ!」
俺と看板はがくりと体を崩した。
その一方で、ミュールは小さな嘆息を漏らし、呆れた態度を見せる。
あの様子からして、ミュールは知っていたのか? アスカの予測――その目的を。
彼女は俺の視線に気づいて、アスカが面白いと感じてる部分を説明してきた。
「アスカさんは、神が関与しない世界の誕生をワクワクしているんですよ」
「え?」
「そういうことじゃ!」
アスカは両手を大きく広げ、俺の宇宙を褒め称える。
「ここは素晴らしい場所じゃ。ワシらがあずかり知らぬ領域。ワシらの管理する宇宙ではマルチバースであろうが、他の時空であろうが、サイクリック宇宙であろうが、常にワシらは存在する。しかしじゃ――」
アスカは俺の宇宙を慈しむように、両手を閉じて、抱いた。
「この宇宙にはワシらがおらぬ。全知全能の及ばぬ、初の世界なのじゃ」
ミュールは再び嘆息を漏らす。
「全知全能の定義が危ぶまれる行為なんですけどね」
「残念ながら、その定義は崩れぬよ。なぁ、リョウ」
問われ、俺は答えに寂しさを乗せる。
「ああ、今は辛うじてそっちの宇宙とつながりがあるけど、じきにそのつながりが断たれる」
俺の宇宙は、あまりにも彼女たちの宇宙とは違う。傍にいれば、互いに消滅する。
だから、遠くへ離れなければならない。
つまり、断たれるとは――互いに認知できない遠い存在となるということだ。
認知できなければ、存在しないのと同じ。
存在しないため、俺たちの存在は全知の枠にいる必要がない。
ここでアスカは鼻を鳴らす。
「ふん、とはいえ、零領域にはおぬしらのことは刻まれる。認知した記録はゼロとして扱うことで存在を消し、全知全能を保つというわけじゃな。人から見れば、詭弁と感じるじゃろうがな」
――ゴホンゴホン
突然の咳き込み音。
響きに瞳を動かすと、ミュールが咳き込んでいた。
口元からは、血が流れ落ちている。
「ミュール!?」
「どうやら、私の頑張りもここまでのようですね」
「……そっか」
「ええ、ですので失礼します。ここを離れると、お二人のことは忘れてしまうでしょうけど」
「ああ、それは……仕方ないよな」
「つらいけどね……」
俺と看板は寂しさを隠さない。
自分たちのことを知っている人がいなくなるなんて、隠せるような寂しさじゃないから……。
でも、ミュールはそんな俺たちに笑顔を見せる。
「フフ、ですが! 私は必ず、あなたたちのことを思い出してみせます! 理を司る錬金術師として、あなたが紡いだ新たな理を知として修めてみせますからね!」
彼女の黒の瞳の奥に、錬金術師としての力の性質を表す、双螺旋の炎輪が静かに浮かぶ。
炎輪には、俺が宿す『運命』と呼ばれる力に近しい力を感じ取れるが……。
(この力は、別物……そうか、俺に対抗できる力をこの子は宿しているのか。管理者がミュールに気づいていたら、燎よりも興味を抱いたかもな)
だけど、そうならなかった。
ちらりとアスカへ視線を送るが、彼女は気づかぬ振りをする。
(アスカが守っているんだな。この稀有な力を……)
――そして、彼女の持つこの稀有な力が……いや、彼女の諦めない強い心があれば、必ず――!!
「ミュール……その時を楽しみにしてる!!」
「はい! その時はリョウさんから譲っていただいた、食材なら何でも切っちゃう包丁でお料理を振舞いますから」
「――っ!? それだけは無しで!」
「え~、どうしてですかぁ?」
膿に塗れた包丁で作られた料理なんて食べたくない……。
そんな思いを全く理解しないミュールは不満の声を漏らし、事情を知らない看板は「?」マークを浮かべ、毎日その包丁を使った料理を振舞われているであろうアスカはげんなりした表情を見せる。
ミュールは純白のハンカチを取り出して、軽く口を押さえる。
ハンカチにはジワリと血が滲む。
「……もう、さすがに限界のようです。それでは、またお会いしましょう!」
「ああ、またな!」
「じゃあね。次会うときはもっといっぱい話したいから、楽しみにしてるよ!」
ミュールは手を振り、笑顔のまま、アスカが開いた道を通って姿を消した。
寂しさの余韻が漂う中で、俺はアスカに視線を合わせる。
「アスカは俺の世界を見学してくか?」
「いや、さすがのワシもそれほどの余裕はなさそうじゃ。ま、ミュールが楽に存在できる方法をそのうち見つけるじゃろうて。その時にゆっくり見学をしたいが……最後に一つ尋ねたい!」
アスカはビシッと指をさす。
「あの太陽……なんでなすびの形をしておるんじゃ!!」




