最終話 新しく世界が誕生したので看板を片手に旅に出ます
アスカが指さす方向。
そこには寸胴で面長ななすびの姿をした太陽が、紫色の光を放ちつつ、宇宙に浮かんでいる。
「ああ、あれか、なんでだろうな?」
と、俺が疑問を抱くと、看板が答えを記す。
「ほら、君が初めてなすびの世界に訪れた時に、子どもなすびから種を飛ばされたでしょ」
「ああ、そんなことあったな」
「その時の汚染が、ああいった形で反映しちゃったんだよ」
「ああ、なるほど」
「納得するところじゃないぞい! 疑問を抱くのじゃ、疑問を! まったく、おぬしの宇宙の重力はどうなっとるんじゃ!」
「落ち着け、そんなに怒るところか?」
「太陽神として、なすびの太陽なんぞ認められんわ!! 球体こそ至高なんじゃぞ!! あれでは、重力変化の管理なんぞが大変じゃろうが!」
「ええ、まったくそのとおり」
スッと、白銀の髪をなびかせて、目鼻立ちが整った端正な女性が現れた。
俺は女性に声を返す。
「よ、管理はどうよ?」
「あなたが生み出したふざけた宇宙のせいで――大忙しよ!」
この不満たらたらな女性は元女神。
アスカたちの宇宙で堕ちた女神だったが、元創生神の手腕を買って、俺の宇宙の管理に力を貸してもらっている。
彼女の雰囲気は女神だった頃とは違い、尊大な口調は鳴りを潜め、気苦労の絶えないOLっぽくなってる……ま、俺のせいだけどね。
その彼女は、なおも愚痴を続ける。
「少しでも気を抜くと宇宙崩壊。調節を誤ると銀河が崩壊。加減を誤ると星が崩壊と、どうなってるのこの宇宙は!!」
そう、女神の指摘通り、安定したアスカたちの宇宙とは違い、この宇宙は俺たちが常に管理してないとあっさり崩壊してしまう。
そのため、女神は宇宙中を飛び回り、その調整に四苦八苦している。
そんな彼女の労をねぎらう……尊大に。
「そういう宇宙なんで、君に頑張ってもらうしかないのだよ。おっほん」
「この、あなたは――!」
彼女はさらに感情的に捲し立てようとしたが、途中で言葉を収め、大きく息を吐きだすことで気を静めた。
「はぁ~……まぁ、いい。この宇宙を知れば知るほど、乗っ取りが行いやすくなる。いずれ、この宇宙を貰うからね」
「妙な宇宙だけど、いいのか?」
元女神はちらりとアスカを見てから、俺へと戻す。
「ふざけた宇宙だけど、宇宙を統べる神になるのは事実。一惑星の神であった、過去の私と比べれば、その差は歴然だから」
「その出世欲は素晴らしい。というわけで、こっちの案件も処理して下さいな」
俺はそう言って、何もない空間から大量の書類を生み出した。
それを女神に手渡す。
「重いから気をつけろよ」
「待って、もう仕事は手一杯――あっ!」
無理やり押しつけると、元女神の両手はズシリと下に沈んだ。
「こ、の、くず上司め……」
「では、あとよろ」
「クッ、覚えてなさい! この宇宙を奪ったら、あなたを真っ先に左遷してやるから!!」
女神は書類の山を両手に持って、霞むように消えていった。
消えた女神の残像を見つめつつ、アスカが俺に懸念をぶつける。
「よいのか? 実際のところ、あやつがこの宇宙の情報を手にすればするほど、乗っ取りが現実のものとなるぞ」
俺もまた彼女の残像を見つめ、微笑み、答えを返す。
「ふふ、そうはならねぇよ」
「信頼か? それとも、変わったという確信か?」
「いや、毎日仕事を与え続ければ、そんなこと考える暇もなくなるだろ。目の前の案件をひたすら処理するだけの、仕事人間になってさ」
「……おぬし、それ、ブラック企業のやり口じゃぞ」
「ふふ、そちらの宇宙では否定的だが、これが俺の宇宙での、平和的解決方法なのさ」
アスカはこそこそと看板に囁く。
「あんなこと言っておるのが、良いのか看板?」
「頑張って是正する。自信ないけど……」
アスカは苦笑を見せて、看板から離れるとくるりと体を回転させて、俺たちに向き直った。
「では、ワシも去るとする。楽しみにしておるぞ。次にまみえるときに、おぬしの宇宙がどう変化しておるかを」
「ああ、楽しみにしててくれ。アスカの宇宙よりも、楽しい宇宙にして見せるからさ」
「生意気を言いおって、新米の分際で。フフ、さらばじゃ! リョウ、看板」
アスカが指を弾くと、七色の残光がしばらく漂う。しかし、光はすぐに宇宙に溶け込み、彼女の痕跡は一粒もなく消え去った。
ここには、俺と看板だけがいる。
他には誰もいない。だけど、余韻は心にある。
ミュールの最後の言葉。
――それでは、またお会いしましょう――
その言葉に、柚迩の言葉が重なる。
――全部が片付いたら、遊びにおいでよ――
そして、
「うん、また」
「ああ、またな」
とても短いけど、これは妹との、再会の約束……。
俺は頭をぼりぼりと掻いて、軽く背伸びをする。
「ミュールに頼りきりじゃだめだよなぁ。俺も、あっちへ行ける方法を見つけないとな」
看板が楽しげに文字を躍らせる。
「ふふ、行けたら、勇者や魔王やメルに会いたいね。次はもっと、楽しいお話をしたいし」
「あはは、そうだな。だけど、その前にまずは……この宇宙を守らないと」
俺は看板を持ち上げて、肩に乗せる。
「さて、女神ばかり働かせるわけにはいかないな。俺たちも管理業務に戻るか」
「うん、もう穴ぽこは用意してるよ」
「ではいつも通り、そこから入って、宇宙のトラブル依頼を処理していくわけだな。じゃあ、行くか! 看板!!」
「うん、どこまでも付き合うよ! リョウ!!」
世界が滅びたから、看板を片手に旅を始めた。
だけどこれからは……
――世界が新しく生まれたので、俺は看板を片手に旅に出る!!――




