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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
最終章 リョウが育む世界

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第118話 異音

 光すら吸い込む漆黒の静寂の中、濃紺と紫のグラデーションを描く星雲のキャンバスが広がり、ダイヤモンドを散りばめたような無数の星が瞬(またた)く。

 その静寂とは裏腹に、激しく爆発する超新星や、すべてを飲み込むブラックホールが壮大なドラマを紡ぎ、常にダイナミックな営みを続けている。


 

 瞼を下ろす。

 一望無際(いちぼうむさい)の世界は闇に消えた。

 再び瞼を広げ、目も眩むような光を受け止める。


 億劫年劫(おっくうねんごう)のドラマが渦巻く深淵の底、泡沫(うたかた)のごとく浮かぶ一つの星。その地果てに位置する小さな国。

 さらに、片隅に息づく孤立無援の寒村へと、視界は急転直下する。



 頭上に広がる傲慢な星々の瞬(またた)きを拒絶するように、村はただ重苦しい夜の帳(とばり)に身を潜めている。


 超新星の爆発に匹敵する劇的な変化など、ここには存在しない。

 あるのは、風に揺れる麦穂のさざめきと、家々の窓から漏れる微かな灯火(ともしび)の明滅だけ……。

 

 すべてを飲み込む暗黒の深淵を前にしてもなお、人々は土にまみれた手で明日への糧を耕し、ただ卑小なる生(せい)の営みを静かに、だが頑なに紡ぎ続けている。


 無限の虚空から見れば、それは一瞬で掻き消える塵芥(じんかい)に等しい。


 しかし、この狭隘(きょうあい)な大地の上には、宇宙の支配から逃(のが)れた絶対的な固有の刻(とき)が、静かに、されど熱く、脈々と流れている。 



 俺は漆黒に佇み、同じく漆黒に杭を下ろす看板に話しかけた。



「宇宙に突っ立ってるのに、苦しくもなんともないってのは妙な感覚だよな」


――ギリギリギリギリギリ


「そうだね、と言いたいけど、生身で宇宙に来たことないからわからない感覚なんじゃない?」


――ギリギリギリギリギリギリギリ


「別にいいじゃん。来たことなくても、なんとなく息苦しいって感じするだろ」


――ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ


「かもね。実際は息苦しいどころか10秒ほどで意識を失って、体液が沸騰したと思ったら凍結するけど……でも、この宇宙は違うか」

「そうだな。あいつらの宇宙とは違い、呼吸可能な気体分子が宇宙全体に高密度で満ちている。ただ、気圧が深海のように高いから、俺たち以外だと、全身に強い水圧のような負荷が常に……」


 

 ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ!!


「そこぉ! さっきから歯軋りがうるせいんだよ!!」

「耳障り!!」


 音の出どころへ俺は指を突きつけ、看板は怒りマーク付きの猫の目を木目に書き記した。

 出どころには、桃色の長い髪に黄金の瞳を持つ白いワンピース姿の少女――太陽神アスカ!


 彼女は七色の翼を明滅させつつ、巨大な尾っぽで虚空を叩きつけ、これでもかと顔を捻じ曲げて歯軋りをしている。


「ギリギリギリ、おのれ~」


 何やらご立腹の様子で、呪いを撒き散らす。

 あんな状態のアスカに関わりたくないが、尋ねないわけにはいかないので、まず、なんでいるのかを尋ねてみた。


「なんで、ここにアスカがいるの? そっちと物理法則が全く違うんだから、存在するのも大変だろうに」

「ああ゛ん、ワシは神じゃぞ。この程度、大したことではないわ。ギリギリギリ」



 アスカは七色の翼を動かし、高密度の気体分子を払いのける。

 その度に、周囲の空間が微かに歪む。

 俺が生み出した宇宙でも平然としている神のくせに、ヤンキー顔負けのクンロクを決めたかと思えば、また歯軋り。


 一体、何があったんだ?


「さっきから歯軋りをしてるけど、どうしたん?」

 そう尋ねた途端、アスカの表情がぱ~っと明るくなり、一気に俺に詰め寄ってきた


「おお、聞いてくれるか!? では、聞いてもらおうぞ!!」

「しまった、これ面倒なやつだ! 聞かない聞かない! だから離れろ!」

「それがのぅ、太陽神会議で――」

「だから、聞く気はねぇって!!」



 と、両手で耳を押さえたが、その手をアスカが無理やり引きはがして、話を耳奥へ放り込んできた。



――太陽神会議・語り部アスカ


 最近、年に一度の太陽神会議が開催されたのじゃ。

 その会議では、各太陽神が参加するのじゃが、今回に限ってヘーリオスやアポロンが欠席しておっての、なんでか代わりにゼウスが座っておったのじゃ。


 

――――――

 俺はゼウスについて尋ねる。

「ゼウスって、ギリシャ神話の最高神?」

「うむ、そいつじゃ! 多神教では珍しく、明確に全知全能設定の神じゃな」

「設定って……」


――――語り部アスカ


 では、話を戻すぞ。

 会議は通年どおりに、レンタルオフィスを借りて――


―――

「待て、レンタルオフィス? 地球の?」

「そうじゃよ? なんぞ、おかしいか?」


「あなたさま、神様ですよね?」

「quēmah(ケマ―)、なのじゃ」


「そこは普通にハイでいいだろ! 神がなんでレンタルオフィスで会議を?」


「会議後の打ち上げが本番なので、予算はそっちに割いておるからじゃ。会議中は緑茶のペットボトルで菓子は無し。予算はすべて、恒例の麻雀大会と、その後の飲み会に注いでおるからな」


「麻雀……飲み会……」


 神々が集まる会議だけど、俺はホワイトボードに『打ち上げ・居酒屋二時間飲み放題コース』と書かれているようなシュールな映像を思い浮かべてしまった。


 そんな妄想をかき消して、話を進めることにした。

「え~っと、続けてくれ……」

「うむ、では続けるぞい」

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