第116話 理解を超えた瞬間
リョウと共に新たな世界を育む選択肢――
だが彼女は、その選択肢を前に、戸惑いを嫌悪へと変えた。
「あんな世界――俺が望んだ世界じゃない!!」
「ほう、怒るか。ならば、おぬしが望む世界とはなんじゃ!?」
「俺が望んだ世界……それは、お前たちが生み出した宇宙に――あの人の想いを乗せた世界だ!」
「あの人?」
「――リョウだ! あいつはすごかった。ちっぽけな存在のくせに、俺の力に触れて、とても短い時間だったが、見事に操った。どうすればそんなことができる? あいつはすごい。あいつの想いの力はすごい。とても矮小な存在とは思えない!」
突として、感情を爆発させた管理者に、今度はアスカが戸惑いを見せる。
「管理者よ、どうしたのじゃ?」
しかし、アスカの声は管理者に届かず、彼女は……彼女が理想としていた世界を語る。
「この宇宙には、リョウのような素晴らしい存在がたくさんいると思っていた。だから興味を抱いた。興味は純粋な力だった俺に、意識をもたらした! そして、この宇宙を基礎として、リョウの強き魂が反映した宇宙に、身を浸すつもりだった。だけどな――!!」
彼女は大地を蹴り上げる。
「俺が生み出した宇宙に生まれたのは、リョウとは全くかけ離れた下らぬ存在! 弱く、愚かで、それでいて傲慢。それらはお前たちの宇宙となんら変わらなかった!! だから消した! 俺の求める世界じゃなかったから!!」
「……それで、次に求めたのは、何だというのじゃ?」
「俺はリョウだけが特別だと知った。だから、リョウの模倣体を生み出して、この宇宙を観測させることにした。あの人の目から見て、この宇宙をどう変えるべきかを考えるつもりだった。それだってのに! 俺はあんな偽物に負けたんだぞ!! くそ、くそ、くそ!!」
管理者は苛立ちを隠そうともせずに、ひたすら大地を踏みつけ続ける。
その足もやがては静まり、彼女は瞳から輝きを消して、こう言い放つ。
「もう、どうでもいい。俺は再び、純粋な力へ戻る。意思もなく、ただの力に……」
この言葉――そして、彼女の態度……これにアスカは眉をひそめたかと思うと、次には眉根を下げる――と思いきや、今度は眉を大きく跳ねた。
「もしや……のう、管理者よ。おぬしが求める世界は、オリジナルのリョウの想いが反映した世界だったのじゃな」
「……そうだ。そうだ。俺はあんな凄いやつを知らない。でも、俺は拒絶された。だから、あの人の想いを受けた世界が欲しかった。そうすれば、ずっとあの人といられる……」
そう言って、管理者は愛おしそうに両手を胸において、ぐっと握りしめた。
その仕草に、アスカは大笑いする。
「かかかかかか! そうか、そういうことじゃったのか!! これは盲点じゃったの!」
「な、なんだよ、急に?」
「いやいやいや、やはり神生縛りプレイはよいの~。全知であれば、この驚きを得られんかったわい!」
「だから、何の話をしてるんだ?」
「クククク、たしかにおぬしはリョウに興味を抱いた。しかしの、それは観測対象としてではない」
アスカは管理者を見つめ、ふっと息を吸い込んだ。
その瞳に、確信の色が宿る。
そして、愛おしむような慈愛をその表情に湛え、一編の詩を謳う。
「触れらぬ小さなきらめきが、瞬きより速い衝動となって駆け抜け、乾いた器を荒れ狂う熱で満たしていく」
「突然……何を言っている?」
「この詩にはの、自己認識・創造。そして、一つの純白な想いが込められておる。そして、その想いこそが、おぬしがおぬしであると足らしめたもの」
アスカはゆらりと手を動かして、人差し指をビシッと元管理者に突きつけた!
「おぬしはな、リョウに――――恋をしたのじゃ!!」
『恋』と告げられた瞬間――草原の風が止まり、世界が息を潜めた。
「こ…………い…………?」
「そうじゃ、恋じゃ! 看板がかつて言っておったの、神とは恋だと。おぬしはリョウとの出会いに胸がキュンっとしたのじゃ! その揺らぎが意思を生み、おぬしをおぬしたらしめた。リョウはまさに、恋を創生した、おぬしの神じゃったわけじゃな。くはははははは!!」
アスカの笑い声が草原に広がる。
その声を受け取ることもなく、管理者は自分の想いに向かい、頬を淡く紅潮させて、そっと震える指先を胸に置いた。
「恋? 俺が……リョウに? バカな、恋なわけが……でも……しかし……だけど……っ」
管理者は立ち尽くし、形まとわぬ感情に手を伸ばしては、空虚に手を空かすを繰り返す。
――理解から想いに、心が揺れ動いた瞬間。
彼女の姿をにんまり笑顔で見つめ、アスカはこう言葉を置く。
「ふふ、どうやら意思を消すのはまだまだ先になりそうじゃな。おぬしには無限の時間がある。ゆっくりと自分の気持ちに……恋について悩むがよい」
柔和であり、だけど少しだけ羨ましげな微笑みを見せる。
「恋の悩みは苦しかろう。じゃがな、心が何色にでも染まれる、幸せな時間でもあるのじゃぞ」




