第115話 創生に必要なモノ
草原……少年と管理者が拳を交えた場所。
しかし、少年は看板と共に立ち去り、ここには管理者と呼ばれた少女が残るのみ。
敗北の原因がわからずに、彼女の胸の奥では、理解不能なざわめきが渦を巻いていた。
ゆえに、自問自答を繰り返す。
「何故だ? 負ける要素なんてなかった……想いの力? そんなもので? いや、それができるのはオリジナルだけのはず。認めない。認めたくない……」
アスカは彼女の声を受け止めた耳を小指でほじり、その指先へフッと息を吹きかける。
「勝ち負け以前の問題じゃよ。創生の時点で間違いだらけなんじゃから」
「創生が間違い? バカな、俺はお前たちの宇宙を基礎として、理想とする宇宙を生み出せた」
「じゃが、消したじゃろ」
「それは、何故か途中で宇宙が変質したからだ。だから、消すしか……」
「ま~ったくのド阿呆じゃのう。おぬしもあの堕ちた女神と同じで、創生に必要なものを全く理解しておらん!」
この言葉に、元管理者は大きく手を振り払って、アスカに問いと己の答えを織り交ぜる。
「必要なものだと? それはなんだよ? 愛か? 寛容か?」
彼女の答えに、アスカはげんなりとした表情を隠さない。
「はぁ、そんな綺麗なものではないわ」
「では、なんだってんだ!?」
アスカは人差し指を立てて、管理者の周りをぐるぐると回り始めた。
「よいか、創生に必要なもの――それは子育てにも必要。学ぶことにも必要。調べることにも必要。あらゆる行動に必要なものなのじゃ」
「ぐるぐる回るな、鬱陶しい! サッサと答えを言えよ!」
「しょんないの~、せっかちな奴め。よいか、必要なモノとは――」
アスカは、少女の鼻先へ指を突きつけて――一言。
「忍耐じゃ」
「……なに?」
「忍耐じゃ、忍耐。つまり、我慢じゃな」
「それが、必要なモノだと?」
「そうじゃよ。よいか、何かを為そうとするとき、それは必ずしも上手くいくとは限らぬ。特に我らのような完璧な存在は、生み出した者の未熟さに耐えなければならぬ」
アスカはこれでもかと眉間にしわを寄せて、困り顔を見せる。
「もう~、ひたすら我慢じゃ。過ちを犯しても許す。再び過ちを犯しても許す。三度過ちを犯しても許す。我慢に我慢を重ねて成長を願うほかないのじゃ」
「くだらない、何が忍耐だよ。一つに固執せず、消して、次へ移ればいいだけだろ。無限の力と無限の時間があるんだからな」
「そのような繰り返しは、世界を希薄にするぞい」
「なんだと?」
「忍耐は、愛でることとイコールなのじゃよ。我慢を重ねた先に喜びがある。それを得るために――」
アスカの黄金の瞳が淀む。そこにあるのは、嫌悪と諦観。
「全知全能である神が自ら枷をつけ、不完全なる者を導いておる」
「何を……言っている?」
アスカはしゃがみ、大地をそっと撫でる。
「大地を生み、空を作り、海を作る。造作もない。幸福に満たされた完成された世界を生み出すことなど、いともたやすくできる。では、何故せぬか? 神は何故、善悪が入り乱れる不完全な世界を生み出すのか?」
「何故だと言うんだ?」
小さなため息を吐き出すように、アスカは呟く。
「……退屈じゃからじゃよ」
「退屈?」
「完璧の先にあるモノは虚無。じゃが、ワシらは虚無ではない。確かに存在する。そのために、存在を確かめる必要がある。その行為が創生……じゃが!! 退屈しのぎに命を生むなど、唾棄すべき行いじゃ!!」
アスカは怒りを発露する。
しかし、触れる大地を決して傷つけることなく……愛おしく撫でて、立ち上がった。
「消す、作るを繰り返す永遠……じゃがの、ある時、とある神が、未熟なる者たちの過ちを我慢することにしたのじゃ。すると、どうじゃろうか。未熟さに対する苛立ちを覚える一方で、妙に気になる。やがて、その思いが慈愛と気づき、それは喜びへと変わった」
アスカは片手を腰に当てて、白い歯をキラリと輝かせた。
「その得難い喜びを前に、神は安易に消すという選択肢そのものを消して、見守ることにした。それが、今の我らじゃ。フフ~ン」
どや顔交じりのアスカの笑顔を、管理者は戸惑いを持って受け止める。
「我慢をする? 耐えて見守る? でも、そんなものは……」
「どうじゃ、その忍耐とやらを一度試してみては? 少年が……リョウが生み出した世界に力を貸してやる。そんな選択肢もあるぞい」




