第114話 呪いという名の幸福
金属の扉の先――
無数の光点が浮かぶ中心に、腰丈まで届く長い銀髪の少女は佇んでいた。
彼女の名は、ミシャ=ロールズ。その始源。
少年の知るナンバー57とまったく同じ外見・服装。
黒の瞳は新緑の虹彩に覆われた、とろりと眠そうな瞳と、幼さと愛らしさが交わる美貌を持つ。
青のボーダーが入った白色のスカートを揺らし、紺色の長袖のブレザーを纏い、首元には黒のリボンタイを置く姿は、まるで学生服。
違いと言えば、ナンバー57は白衣のマントを纏っていたが、オリジンは何も纏うことなく、代わりに古びたベレー帽をかぶっている。
ただ一人、佇む部屋。
その部屋の隅の空間が揺らぎ、そこから空間を管理する一族・ニャントワンキルの魔女王ミーニャが姿を現した。
彼女は、人の見た目に猫耳を生やした少女。
赤色の魔導服を纏い、頭には羽毛の飾りがついた大きめの黒のチロリアンハット。そこからは、煌めく白の長い髪が流れ落ちている。
彼女は真っ白な尻尾を揺らし、僅かに紫色の瞳を動かした。
瞳の先には、メル。
ミーニャとは違い、直毛種の白猫の姿。背は少しだけミーニャより低く、小学校高学年程度。
真っ黒な魔導服に真っ黒な三角帽子。
彼女は帽子を手に取り、ミシャに対してかしこまった態度を見せた。
「初めましてとなりますね。メルと申します」
「ナンバー57がお世話になったようですね。できれば彼女を同席させたかったのですが、現在、管理者の力の分析を任せているので」
「そうですか。残念ですが、仕事であるなら仕方ありません」
「フフ……あなたは覚えているのですね」
「はい、ミーニャ様の御力のおかげで」
メルはミーニャへ顔を向ける。ミシャもまたミーニャを見つめた。
二人に見つめられたミーニャは軽くチロリアンハットをつまみ、下げて、顔を隠す。
「そう見られては照れ臭いニャね……メル、悪いがミシャと二人にしてもらえるかニャ」
「はい、かしこまりました。失礼します」
部屋から出ていこうとしたメルの背中へ、ミシャが声をかける。
「ナンバー57は管理区画セクションマークで作業を行っています。もしよければ、会いに行かれてはいかがでしょうか?」
「え? ですが、お仕事の邪魔になるのでは?」
「彼女はすぐに根を詰めます。ですので、むしろこれは、私からのお願いです。フフ」
連邦の最高指導者には似つかわしくない、茶目っ気あふれる微笑みにメルは小さな笑いを返したが、すぐにそれを正した。
「くすっ、っと失礼しました。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
メルは恭しく頭を下げて、部屋から立ち去った。
ミシャとミーニャだけとなった部屋に無音が満ちる。
その無音を最初に砕いたのは、ミーニャだった。
「……管理者の力の解析は進んでいるかニャ?」
「ええ、十分に」
「あの騒動で、最も情報を得たのは連邦。そして、情報をもとに全体像を構築できるのは、予測する力を持つ人の特権。今、宇宙で最も管理者の力に近づいている存在は、ミシャだろうニャ」
「否定はしません」
「その力の解析が進めば、神と連邦、そして全種族の敵……無の神と対抗できるニャね」
「敵に塩を送られた形ですがね」
この一言に、ミーニャは真っ白でふさふさの尻尾をぶんぶんと振り回して怒りを表す。
「無の神め、ミーニャたちが雑魚いからと言って、情報を提供する場を生むとはニャ!」
「勝ちがわかっている勝負ほど、つまらないものはないからでしょうね」
「そういった脳筋な部分は、連邦に似てるニャね」
「……心外です」
不満そうな表情を見せるミシャに、ミーニャはいたずらネコのような笑みを見せてから、話題を変える。
「ま、この話は、あの少年には関係のない物語ニャ」
「ええ、我々の問題です」
「そう、我々の問題……ニャが、ミーニャはそれ以上に、連邦の問題に興味を――いや、ミシャの問題について、問いがあるニャ」
「……なんでしょうか?」
ミーニャは部屋中に散らばる光点を見つめ、その一つ、新たな世界の観測を表す光点を睨みつける。
「少年が生み出す世界は……非常に強力な世界となるニャ。神に保護されることなく、自らの意思で立ち向かう世界。見事、成長しきれば……連邦が望む、強力な敵となるニャね……」
『連邦の理念』
――干渉を慎み、歩みを尊ぶ。己が道を拓き者こそ、未来を創る。いずれは越え行くを願い……――
「つまり連邦は、連邦を打ち破るほどの存在が誕生することを求めているニャ……それが、連邦の真の目的。少年に、その可能性を育ませることニャね」
「ええ、その通りです」
ミーニャはぺたんと耳を下げる。
「そうまでして滅びたいのか、ミシャは?」
「……長く生き過ぎました。ですが、自殺という手段は取れない。兄との……お兄ちゃんとの誓いがあるので」
「生きろ、だったかニャ?」
「ええ、お兄ちゃんは私のような戦闘人形とは違い、普通の人としての寿命を全うした。その間際に……」
『お前は生きろ。一人で寂しい思いをするだろうが、安易に死ぬなんて考えるな。死を受け入れるときは、それなりの理由を見つけろ』
ミシャは兄の言葉を噛み締めて、それを両手に封じて、そっと胸の上に置いた。
そこにあるのは尊い思い。しかしそれを、ミーニャは短い一言で切って捨てる。
「呪いニャね」
兄の言葉は優しさでありながら、彼女を永遠に生かし続ける枷――。
だがミシャは、この指摘に感情を露にすることはない。ただ、微笑み、受け入れる。
「はい……その通りです」
「呪いを幸せそうに……ま、ミーニャがどうこう口を挟むことではにゃいニャね」
ミーニャは深くチロリアンハットをかぶることで呆れを態度に表した。
そこからハットの縁を指先で跳ねて、紫水晶の瞳をミシャに向ける。
「兄が遺した、それなりの理由を見つけろが……強い奴を求めてってのはどうにゃんだろうニャ?」
「お兄ちゃんは力こそパワーの人だったので、それに準じているだけですが?」
キョトンと首を傾げるミシャに、ミーニャはひそめた眉をぶつける。
「それこそが、呪いの根源のような気がするニャ」
ミーニャは後ろを振り返る。
「そろそろ帰るニャ」
「そうですか、またいつでも訪ねてきてください。あなたは数少ない、長生きな友人ですので」
「ミーニャは百万年しか生きられないがニャ。僅かな間とはいえ、それでも友の時間を癒せるなら本望ニャ。では、またすぐに」
「はい、お待ちしています。どら焼きを用意して」
「……何故、どら焼きなのニャ?」
「猫はどら焼きが好きなのでは?」
「某青い猫と一緒にするニャ!!」
ミーニャの叫び声が響き渡る。
それは長い桃色を持つ少女の鼻をくすぐり、くしゃみを引き起こした。
「へっくしょん! 風邪かの?」
「……神は風邪をひかないだろう、太陽神アスカ」
「ひこうと思えばひけるのが神なのじゃよ、管理者」
草原をさらう風は、真っ白なワンピースをたなびかせる。
アスカは桃色の髪を揺らし、黄金の瞳を真正面に見据えた。
黄金の中に浮かぶは、長き黒髪を持つ妖艶たる美少女……管理者。
彼女は誰もいない草原に立ち尽くし、か細い言葉を落とす。
「俺の、何が、間違っていた……?」




