第111話 誰かがくれた勇気
――様々な種族が行き交う場所
大勢の客でにぎわう食堂の前に、巨大な緑の男性の象が立っていた。
男性の象のそばには、一つ目の刺繍が施された布で、己の瞳を隠す女性。
女性は食堂へ顔を向けて、象へ話しかける。
「オーナー、入らないのですか?」
「いまさら、どの面を下げて会えばいいのか……」
「このお店はあなたが継ぐはずだった。ですが、あなたは逃げ出して、弟が継いだ。ただそれだけのこと。まずは頭を下げることです」
オーナーは鼻を振り、言葉を吐き捨てる。
「逃げ出しただけならいいさ。堕ちに堕ちて、闇カジノのオーナーになっちまい、料理人の心を忘れちまった」
「それでもあなたは諦めていなかった。だからこそ、アスカ様の恩赦で、あの地獄から抜け出すことができた。あなたがアスカ様に料理を振る舞い、その思いを伝えることができたから……」
彼女の言葉に対して、オーナーは両手でこめかみを押さえ、さらに鼻で額を押さえて見せた。
「それが腑に落ちねぇんだよ。そんなことで悪徳を享受する俺を、永遠の快楽に縛る地獄・『ツォアル』から出ていくのを許されるなんてな……それにお前さんだって」
「ええ、私の偽りを見破る、この忌まわしい力を世の役立てよ、とアスカ様は恩赦を与えた」
「お前さんはその力から逃げて、あの町にやってきたってのに、どうしてまた外で使う気になったんだ?」
「それは……」
一つ目バンダナの女性は、自分の中の心境の変化が分からず、小首を傾げる。
その様子を横目に、オーナーはさらに疑問を重ねた。
「俺たちだけじゃねぇ。アスカ様は他の連中にも恩赦を与えた。かなりいい加減な理屈をつけてな。そんな反省も何もない俺たちに、恩赦を与えたらどうなるものか……だが――」
「ええ、どういうわけか、私たちは前を向いて歩こうとしている。いえ、歩きたいと願っている。そう、不思議な思いが心に宿っています」
女性はこの奇妙な思いに対して、偽りを見破る力を向ける。
しかし、覗いた想いには靄がかかり、はっきりしない。
(一体何が……ですが、世界に何かしらの偽りがあるから私の力が働いている。その偽りは一体……? いえ、誰かが偽りを真実とした? これは……?)
さらに靄へ力を集めた瞬間、小さな影が揺らぎとなって現れ、すぐに消えた。
「あ」
「どうした?」
「いえ、その……奇妙な影が見えたので」
「奇妙なもの。なんだい、そいつは?」
「看板を手にした少年? の姿でしょうか?」
「そいつはカジノの宣伝のバイトをしていた奴じゃ……」
――おじさん――
「ん?」
「どうされました、オーナー?」
「今一瞬、少年っぽい声が聞こえたような……誰だ?」
「少年の声? あ、私も……覚えが、あるような……?」
二人は霞んだ記憶を手繰り寄せようとするが、手を伸ばそうとすればするほど遠ざかっていく。
やがては、何を考えていたのかもわからなくなってしまった。
だが、二人にはやるべきことだけはわかっていた。
それは――前へ歩むこと!
オーナーは食堂の入り口に手を置いた。
「こんなところで突っ立ってても仕方がねぇ。弟にはぶん殴られる覚悟をして……行くぞ!」
「フフ、お供しますよ、オーナー」
扉を押す。客が来たことを知らせるドアベルの音が鳴る。
――カランカラン
ベルの響きは遠く離れた世界へと渡り、新たな教えと向き合う者たちのもとへ届く。




