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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第二十一章 リョウのいない世界

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111/114

第111話 誰かがくれた勇気

――様々な種族が行き交う場所



 大勢の客でにぎわう食堂の前に、巨大な緑の男性の象が立っていた。

 男性の象のそばには、一つ目の刺繍が施された布で、己の瞳を隠す女性。


 女性は食堂へ顔を向けて、象へ話しかける。

「オーナー、入らないのですか?」

「いまさら、どの面を下げて会えばいいのか……」


「このお店はあなたが継ぐはずだった。ですが、あなたは逃げ出して、弟が継いだ。ただそれだけのこと。まずは頭を下げることです」



 オーナーは鼻を振り、言葉を吐き捨てる。

「逃げ出しただけならいいさ。堕ちに堕ちて、闇カジノのオーナーになっちまい、料理人の心を忘れちまった」

「それでもあなたは諦めていなかった。だからこそ、アスカ様の恩赦で、あの地獄から抜け出すことができた。あなたがアスカ様に料理を振る舞い、その思いを伝えることができたから……」


 

 彼女の言葉に対して、オーナーは両手でこめかみを押さえ、さらに鼻で額(ひたい)を押さえて見せた。

「それが腑に落ちねぇんだよ。そんなことで悪徳を享受する俺を、永遠の快楽に縛る地獄・『ツォアル』から出ていくのを許されるなんてな……それにお前さんだって」


「ええ、私の偽りを見破る、この忌まわしい力を世の役立てよ、とアスカ様は恩赦を与えた」


「お前さんはその力から逃げて、あの町にやってきたってのに、どうしてまた外で使う気になったんだ?」

「それは……」


 一つ目バンダナの女性は、自分の中の心境の変化が分からず、小首を傾げる。

 その様子を横目に、オーナーはさらに疑問を重ねた。


「俺たちだけじゃねぇ。アスカ様は他の連中にも恩赦を与えた。かなりいい加減な理屈をつけてな。そんな反省も何もない俺たちに、恩赦を与えたらどうなるものか……だが――」

「ええ、どういうわけか、私たちは前を向いて歩こうとしている。いえ、歩きたいと願っている。そう、不思議な思いが心に宿っています」


 女性はこの奇妙な思いに対して、偽りを見破る力を向ける。

 しかし、覗いた想いには靄(もや)がかかり、はっきりしない。


(一体何が……ですが、世界に何かしらの偽りがあるから私の力が働いている。その偽りは一体……? いえ、誰かが偽りを真実とした? これは……?)

 

 さらに靄(もや)へ力を集めた瞬間、小さな影が揺らぎとなって現れ、すぐに消えた。

「あ」

「どうした?」

「いえ、その……奇妙な影が見えたので」

「奇妙なもの。なんだい、そいつは?」


「看板を手にした少年? の姿でしょうか?」


「そいつはカジノの宣伝のバイトをしていた奴じゃ……」



――おじさん――



「ん?」

「どうされました、オーナー?」

「今一瞬、少年っぽい声が聞こえたような……誰だ?」

「少年の声? あ、私も……覚えが、あるような……?」


 二人は霞(かす)んだ記憶を手繰り寄せようとするが、手を伸ばそうとすればするほど遠ざかっていく。

 やがては、何を考えていたのかもわからなくなってしまった。


 だが、二人にはやるべきことだけはわかっていた。

 それは――前へ歩むこと!


 オーナーは食堂の入り口に手を置いた。

「こんなところで突っ立ってても仕方がねぇ。弟にはぶん殴られる覚悟をして……行くぞ!」

「フフ、お供しますよ、オーナー」



 扉を押す。客が来たことを知らせるドアベルの音が鳴る。


――カランカラン


 ベルの響きは遠く離れた世界へと渡り、新たな教えと向き合う者たちのもとへ届く。

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