第110話 泡沫の想い
――知性あるなすびの世界
なすびの王の前に、なすびの兵士が訪れる。
「今日もナス畑は平穏です。収穫時期になれば、知恵あるなすびたちを新たな同胞として迎え入れることができるでしょう」
「……そうか」
「どうされました、陛下?」
なすびの王は丸太の如き太い腕を伸ばし、岩のように大きな拳を握りしめ、訥々と語る。
「貴様は、ナス畑の病気の話を知っているか?」
「はい、存じております。知恵あるなすびを、知恵のないナスへと堕とす、恐ろしげな病の話を。ですが、それはおとぎ話なのでは?」
「おとぎ話か……しかし、現実に病という厄災が降りかかれば、どうすればよい?」
「それは……」
なすびの王は紫の肌の一部を黒く翳らせ、重々しい口調を見せた。
「そうなれば、間引くしかあるまい……」
「――ッ!? 陛下、それは創造主ナスノウ様の教えに反すること!」
「わかっている。だが、王として、決断しなければならぬだろうな。大罪を背負う覚悟を」
「陛下……」
「フフ……もう、くっさい哺乳類に頼るわけにはいかぬからな」
「ほにゅうるい? なんですか、それは?」
なすびの王の胸に、ちくりと痛みが走る。
その痛みに疑問を抱き、大木を絡み合わせるように腕を組み、体を斜めに傾けた。
「はて、なんだったか? だが、何か良きことがあったような――いや、あった。余に、王としての覚悟を持たせるだけの何かがあったのだ」
王はじっと遠くを見つめる。そこには曖昧で虚ろな姿が宿る。
だけど、それがなんであるのかは王にはわからない。
そうであるのに、確信が持てるという不可思議な感情。
その感情に、なすびの王は笑顔を向ける。
そこには光に溢れた世界がある。
――光に溢れた世界
眩い太陽の下で、多くの人々が行き交う。
しかし、この世界の住人たちには、生き物に当然あって然るべきものがなかった。
とある男性はその謎を究明しようと、研究室にこもって頭を掻きむしっている。
彼の前にあるホワイトボードには、こう書き記されていた。
『何故、我々には影がないのか!?』
「なぜだ、なぜだ? 鳥や草花、空に浮かぶ雲にも影があるのに、私たち人類には影がない? それは決まっている! 影たちが、我々から旅立ったからだ!!」
彼の独り言を聞いていた女性の研究員が、大あくびをしながら加わってくる。
「ま~た、とんでも学説を唱えてる。無いのは神が不要だと考えたからでしょ。あんまり変なことばかり言ってたら、異端審問にかけられるよ」
「神学か……融通の利かぬ学問は、真理を遠ざけてばかりだ。いや、神学の視点でも、なぜ神が不要と考えたのか? という方向からアプローチをするべきだ!!」
「そうだねぇ~」
女性はやる気のない返事を声に乗せつつ、タイプライターの音をカチカチと弾ませながら何かを書き記している。
男性はそれに興味を抱いた。
「何をしているんだ?」
「どうして、私たちに影がないのか? それを別の観点から考えてて、それをまとめてる最中」
「なに? ぜ、ぜひ、君の学説を聞きたい!」
「フフフ、それはね……第三者の介入の可能性よ」
「……は?」
「私たちから影がなくなった。そこに神の意思はなく、実は誰かの影響でこうなったっていう説」
この説に、男性は両手を軽く上げて、大仰に首を横に振った。
「馬鹿馬鹿しい。第三者の介入? 神が世界を創造した時に、宇宙人でもいたというのか? それこそ異端審問にかけられるぞ」
「ふっふっふ」
「なんだ、その笑いは?」
「あなた、神殿にある『光と闇の変転の鍵』は知っているでしょう?」
「もちろんだ。それは世界に光をもたらしたとされる鍵。その鍵を固定し、守るためか、時空間に変異があると言われる場所だろう」
「そこでさ、私、血のような跡を見つけたんだよねぇ~。んで、その血痕を解析してみたところ、その血は私たちの星の生物とは全然違うDNAの配列だったのよ」<『第6話 神の介入不可・人なれば良し』にてその描写あり>
「なに? そ、それは本当なのか? それで、そのDNAは一体なんなのだ?」
「それを今から調べていくの。本当に別の天体から訪れたDNAか、それとも検査ミスか。それを調べるために人手が必要なんだけど」
「私がいるだろ!」
「そう言ってくれると思った。一緒に紐解きましょう。なぜ、私たちに影がないのかを……」
女性がタイプライターのキーを軽やかに叩くと、音の広がりが喧噪へと変わる。




