第109話 静寂の別れ
――――会談の場・草原
勝鬨の声を収めると、枯れた喉に異物感を覚えて、軽く咳き込む。
「ごほっ」
「大丈夫、リョウ」
「ああ、看板。大丈夫さ」
俺は看板へ一度顔を合わせてから、草原の上で気を失っている管理者を見下ろす。
彼女の体からは小さな粒子が舞い上がり、ゆっくりと姿を虚ろなものとしていく。
無数の粒子が揺らぎ、絡み合い、消えていく。
最後の一粒が消滅すると、管理者の痕跡は何もなく、ただ、草たちが風にたなびいていた。
俺は自身の両手を見つめる。
血染めだった拳は真っ新となり、血を零し続けていた鼻も、衣服に染み込んだ血も消えてなくなる。
いつものパジャマ姿の俺。
初めて俺が俺として、認識した時の姿。
だけど――決定的に違うものがある。
「体中に力が満たされている。これが、管理者の力か」
「おかしなところとかないの?」
「ないな。派手に力が溢れ出すってのもないし、ごく当たり前って感じだ。そうか、人にとってみれば巨大な力でも、管理者……今の俺からすれば、息をして吐く程度の力なんだ」
低次元の存在が管理者を殴り勝利した。あってはならない事態。
その齟齬を修正するために、俺が管理者の力を上回った存在となる。
だけど、そこに派手な演出なんて全くない。
姿形は変わりないけど、力を持った俺がいるだけ……。
俺は妹たちがいる宇宙を見つめる。
「もう、あの場所にはいられない。俺は……立ち去らないと」
管理者=またの名を『運命』と呼ぶ力。
純粋な力の塊だった存在はオリジナルの俺を知り、興味を抱くことで自我を得た。
世界を知り、生み出したいと感じた。
だけどうまくいかず、オリジナルの模倣体である俺を生み出して、監視役に、やはりオリジナルの心を宿した看板をつけた。
オリジナルのリョウの思考を持った俺たちの目を通して、己が望む世界を知ろうとした。
だが、その先にあったのは……。
「看板」
「うん」
看板が数字を刻む。
――汚染率570%――
この宇宙を0%とすれば、俺が管理する世界はあまりにもかけ離れた世界。物理法則そのものが全く違う、この宇宙とは隣り合うことすら許されない危険な世界。
決して、相容れぬ世界同士……。
交わり合えば、異なる力同士がぶつかり合い、どうなるか誰にもわからない。
だから、行かないと……。
この宇宙から視線をスッと切った。名残惜しめば、涙が溢れる。
そうなる前に、俺は――。
「行こう、看板」
「ねぇ、リョウ」
「なんだ?」
「君は一人じゃない。僕がいる。ずっと僕がいる。だから……涙を流してもいいよ」
「……そうか、そう……ありがとう、看板」
瞳は滲み、すぐに涙が落ち始める。
「あああ、はぁ、くそ、離れたくない。みんなともう会えないなんて、いやだ……くそ、くそ……」
涙を流せば、俺は耐えられない。そう思っての強がりだった。
でも、俺には涙を受け止めてくれる友がいる。
その友のために、俺は涙を拭い、無理やり笑顔をつくる。
「行こうぜ、相棒」
「うん、どこまでもついていくよ!」




