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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第二十章 管理者の世界

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第108話 まつりのあと

 リョウの声が草原を駆け抜け、宇宙の遥か果てにまで広がっていく…………死に満ちた暗闇に浮かぶ、一滴の生命(いのち)。


 青いビロードの玉の内側。死の世界に抗(あらが)おうと、か細い足をもって大地に立ち、かよわい手を空へかざす。

 多くを争い、分かち合い、奪い合い、助け合う。

 

 矛盾を渦のように内包する世界――地球。


 当たり前のように繰り返される悲喜劇の中で、何気ない日常を過ごす兄妹。

 兄は誘われるように、片手を先へと伸ばす。



――ペチン!



「いった!? なに?」

「なに? じゃないよ! 私のクロワッサンを取ろうとしたでしょ、お兄ちゃん!!」


 兄は妹に打たれた右の甲へ息を吹きかけながら、答えを返す。

「クロワッサン?」

「何をとぼけてるの?」


 兄は妹を見つめる。長卓を挟んで座る妹。その前にはクロワッサンが山積みになっていた。

「いやいや、多すぎじゃね? どんだけ食うつもりだよ、柚迩(ゆに)」


 柚迩(ゆに)と呼ばれた妹は、クロワッサンを懐に抱くようにしながら兄を睨む。

「もう食い意地が張ってるんだから。お兄ちゃんの分はちゃんとあげたでしょ!」

「貰ったけど……七個は多すぎだろ。ってか、お前は何個食うつもりだよ?」


「十六個」


「それ、何のチャレンジ? 食いすぎだっての」

「そういうお兄ちゃんこそ、七個食べきったくせに、私のクロワッサンに手を伸ばそうとしたじゃない」

「手を……?」


 兄は首をかしげる。

 たしかに手を伸ばした。

 そして、何かを掴んだ。


 それは決してクロワッサンなんかじゃない。

 だけど、とても大切なもの。


(何か巨大な力を掴んだ? いや、止めた? ――これはっ!?)



――でも、残り滓とは言え……まぁ、力になれることもあるかもな――



 不意に聞こえた、自分の声。

(なんだ? 誰かを助けた? 俺が? 『運命』の力がなんかしたのか? まったく、いらんというのに)


 兄は自分の手のひらを見つめる。そこには何もない。

 誰もが持つ、暖かな血が流れる、柔らかな手のひらがあるだけ。


 彼は軽く首を横に振り、席を立つ。

「親父とおふくろの分も買ってるんだろ?」

「もちろん。パパは小食なので五個。ママは普通なので十二個」

「それ普通じゃねぇよ。なんで我が家の女衆は大食漢なんだ? 太るぞ」

「摂取カロリーよりも、消費カロリーの方が上回っているから太りませ~ん」


「日常的にどんだけ暴れてんだ……そうだ、牛乳を取りに行くけど、柚迩(ゆに)も何か飲むか?」

「うん、オレンジジュース。それにピーチジュースを8対3の割合で混ぜて、炭酸水も追加で。ついでに氷をマシマシで」

「なんだよ、8対3って……めんどくせぇなぁ~、もう」


 そう愚痴をこぼしつつも妹のために冷蔵庫を開き、目的のジュースを取り出すと、扉を閉じた。



――バタン



 扉が閉じられると、光の階段の前広場が広がる。

 そこにはメル・アスカ・ミュール・ヤマタノ・ミシャの姿が……。

 彼女たちはモニター越しから、勝利の雄叫びを上げるリョウの姿を見つめ続ける。

 

 宇宙(そら)に広がる光が輝く。

 ミシャは光を見つめ、呟く。


「データ取りが終わり、皆さんが引き上げているようですね」



 メルがミシャへ尋ねる。

 その表情は暗く、しっぽと耳はぺたんと垂れ下がっていた。

「リョウさんが勝利した。私たちは……彼のことを忘れてしまうのですね」

「ええ、世界はリョウさんがいないものとして機能し始めます。そのため、ここで得た情報を、その機能から回避するために、皆さん躍起になっているでしょうね」


 ミシャはそう言って、薄く笑った。

 連邦の技術力をもってすれば、失われるはずの情報を保護するなど容易い。

 彼女が……いや、一万を超える彼女たちが得た情報は、永遠に刻まれ続け、解析を繰り返し、やがては管理者のすべてを知ることになるだろう。



 一方、ミュールは、腕組みをして悩ましげに声を漏らす。

「ふぅ……私は忘れてしまうでしょうね。とても残念ですけど、記憶の防御壁の道具を用意してませんでしたので。アスカさんやヤマタノさんは忘れないのでしょうけど」

「ふふ、まぁの。神の力というやつじゃな。と言っても、あの女神や新米神たちでは、記憶保持は厳しいじゃろうが」

「そうなの~、吾輩たちは創生神・破壊神の上位だから忘れないでいられるの~」


「そうじゃ、ミュールよ。おぬしが忘れぬようにワシが――」

「結構です」

 

 ミュールは手のひらをかざし、ぴしゃりとアスカの言葉を遮った。

 そして、こう続ける。

「必ず、思い出して見せます。理(ことわり)を司る錬金術師として、こんな不条理な力に屈するわけには参りませんから」

「ふふ、おぬしならそう言うじゃろうな」


 アスカは宇宙(そら)を見上げる。

 神々は去り、大艦隊も消えて、星々だけが寂しげに瞬(またた)く。


「……祭りは終わった。ワシらも帰るとしよう」


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