第107話 決着――兄弟、会する
――――光の階段広場
ミュールとメルはモニターに齧りつくようにへばりつき、荒れ狂う感情を隠そうともしない。
「なんですか、これ!! こんなの完全にルール違反でしょう!!」
「ええ、リョウさんは勝利していた! それなのに!!」
「兄弟喧嘩はこれがあるからの」
高ぶる感情の尾根に、アスカはさも当然といった風に言葉を吹き下ろす。
ミュールとメルはその言葉を睨みつけた。
だが、アスカのそばにいたヤマタノもミシャも、アスカと同じように無色の装いを見せる。
「理不尽なのは当然の仕様なの~。もともと、管理者は『付き合ってあげていた』だけだからなの~」
「……絶対強制の力。初めから『そうだ』とさせる力。管理者はこの力を行使して、リョウさんを……」
「納得できません!!」
「私もです!!」
ミュールとメルはそれぞれポーチと魔導杖を構える。
二人はこの理不尽な結末に介入するつもりだ。
その姿を、アスカは笑う。
「くはははは、威勢が良い二人じゃのう」
「笑い事じゃありませんよ! たとえ、アスカさんが止めても私は止まりませんからね!!」
「力及ばずとも、私も同じです! 高位存在の方々には理解できないでしょうが、積み上げたものを蹴り崩す行為を、私は黙って見ていられません!」
「うむ、まったくもってその通りじゃ!」
アスカはパンッ!っと手を打って、二人に同意した。
予想だにしなかった答えに驚く二人へ、アスカは苦笑のような微笑みのような、なんとも形容しがたい笑みを浮かべた。
「兄弟喧嘩は理不尽じゃなぁ~。じゃがの、その理不尽さは、管理者にも圧し掛かるものじゃぞ」
「アスカさん?」
「一体、何を?」
「フフ、この兄弟喧嘩にはまだ……足らぬものがある」
言葉という無風流な音を止めたアスカは、リョウたちの物語の結末を黄金の瞳で優しく見守る。
――――会談の場・草原
「あ、あ、あ、あああ」
管理者から溢れ出す、無色の波動が俺という存在をあやふやにしていく。
「名前が……思い出せない。俺は……誰だ?」
「君はリョウだ! リョウなんだ!」
看板が文字を書き綴る。
俺の名前と思しき名を刻み続ける。
「君はお調子者だけど、責任感があって、とても優しい! 答えのない問題を前に逃げ出さず、自分だけの答えを見つけ出すことのできる、勇気ある男なんだ、リョウ!!」
――黙れ――
「︿/\︿╱\︿︹︿╱﹀╲/╲︿_/︺╲」
管理者の一言で、看板から文字が奪われる。
看板を中心に、鮮烈だった草原の色はセピア色に染まり、それは俺の足元まで広がり、呑み込んでいく。
「そ、そんな……看板……看板……おねがいだから、お願いだから……俺の名前を呼んでくれよぉぉぉ……」
看板は必死に抗い、何かの文字を刻もうとする。
「∽~∽~∽~∽~∽~∽~∽~」
だけど、刻めない!!
「ああ、そんな、そんな……」
「フフ、いい様だ。では、この茶番劇の幕を下ろすとしようかね。お前は……」
「や、やめろ。やめてくれ!」
視界が歪み、景色が溶けていく。色が失われ、暗闇がジワリと迫ってくる。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ! 俺は消えたくない!!」
俺は昏く染まる闇に、手を伸ばす。
その闇の向こうに、白い影が見える
それは管理者の背後にあるもの。
管理者はそれに気づかずに、俺を消し去ろうとした。
「お前は、初めから、この世界に、存在しな――」
――おいおい、そいつはずるいだろ――
がしりと、背後にいた白い影が管理者の肩を掴んだ。
それは管理者が模倣し、興味を持ち、焦がれた存在――。
管理者は悲鳴交じりに、影の名を呼ぼうとした!
「――なっ!? お、お前は――『笠』――リョ――」
しかし、言葉は最後までつながらず、彼女が放っていた禍々しい無音の衝動だけが世界から消え去った。
その瞬間、俺の拳に想いが戻った!!
拳には太陽よりも熱く眩い黄金の輝きが宿る!!
光は波動となって爆発的に広がり、草原の緑、拳に纏わりついた血の赤、俺と看板の姿と、色を失った世界を歓喜の色彩に染め上げていく。
「拳に……今なら!!」
俺は一気に駆け出した。
「サンキュー、もう一人の俺!!」
「くそがぁあぁあ! だがな――」
管理者の右手が動く。
「右手の痺れはもう消えている! お前の拳が届く前に俺の拳が――」
「させない!!」
風切り音とともに、平たい何かが飛んできた。
そいつが管理者の右手にぶち当たる。
「看板!」
「ほら、防御も大事だろ!!」
「だな! こいつで終わりだぁ!!」
「終わらせるものか! 僅かだ、力は戻っている!」
――その拳は絶対にあたら
『心は水面に。映る永遠の世界。触れるは扉』
俺は――管理者の言葉を上書きしてやった!
彼女は驚愕に瞳を開き、なぜか涙を滲ませた。
「な、その詠唱は――あのリョウが得意としていた、空間の魔法!!」
「先にルールを破ったのはお前だ、こっちも破らせてもらうぜ!! ――隔絶しせり境界の結わいと成りて、ここに新たな道を開かん!」
拳の前に、紫色の空間の裂け目が生み出される。
その裂け目を前にして、管理者は悲鳴を上げた。
「無の世界へのアクセス! そこは、そこは――」
「ああ、想いを具現する世界だ! この会場以上にな!!」
「や、やめろぉぉおぉ!!」
「くらぇえええ、管理者!!」
裂け目を破る拳に、想いを創造へと変える危険な力――『無』が宿る。
だがそれは、俺の最高最強の武器だ!!
「俺たちの、勝ちだあああああああ!!」
ありったけの想いを乗せ、黄金と紫の魔力が溶け合う拳を振り下ろした。
その拳は管理者の頬を深くえぐり込む。
「がああ!」
「吹きとべぇえええ!!」
自分の拳がミシミシと音を立てて、骨に痛みが走る。
管理者の頬が砕け、奥歯が抜け落ちる感触が伝わる。
「おらああああああ!!」
拳を叩きつけるように、思いっきり振り抜いた。
管理者は顔面から草原にぶつかり、一度激しくバウンドしてから、緩やかに落ち、四肢全体を地面へ預けた。
ピクリともしない管理者を見下ろし、暴力という官能的かつ原始的な欲求が雄叫びとなって溢れ出す。
「うおおおおおおおおおおおおっぉぉぉぉぉぉ!!」
血に染まる拳を掲げて、俺は喉奥枯れるまで叫び続けた。




