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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第二十章 管理者の世界

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第106話 理不尽

――会談の場・草原



「拳は当たる!! 当たるんだぁああ!!」

「ぐっ!」


 俺は蹴りを捨て、拳だけをひたすら繰り出す。

 管理者は拳を躱し、時に両手を使い、受け流す。


 状況は変わらない。どれだけ俺が拳をぶつけようとも、管理者には届かない。

 だけど――!!


「どうした、管理者? てめぇからの攻撃がすっかりお留守のようだな!」

「――だ、黙れ!」


 そう、俺の動きに合わせて容易くカウンターを決めていた管理者が、俺の拳を躱し、受け流すだけで精一杯になっていた。



 俺が一歩、踏み込む。管理者は一歩、下がる。

 さらに踏み込む。管理者は二歩下がり、距離を取ろうとするが――そうはさせない!


 詰め寄り、攻撃の射程圏内を維持し続け、拳を放ち続ける。

 この攻勢を前に、管理者は顔に歪みを見せた。

(力も技も速度もない直情的な拳なのに! どうして、模倣体ごときに翻弄されているんだ!?)



 俺は腕を大きく振るう!

「こんっっの~~、食らいやがれぇ!」


 そこから渾身の一撃を食らわせてやった。

 管理者は両手をクロスして、辛うじて一撃を防いだが、草原に二本の線を描いて後方へと吹き飛ばされた。

 


 クロスした隙間から、管理者の瞳が震えているのが見える。


(想いの力、だというのか? リョウの想いが、俺が宿しているオリジナルの経験を上回るというのかよ!?)


 管理者はクロスした腕を解き、自身の両手を睨みつける。

 そして、わなわなと震える手で、己の胸をひっかくように掴み取っていく。

「あのリョウの経験を上回る? そんなもの、そんなもの……認めてたまるかぁ! 出来損ないがぁぁ!」

「その出来損ないに追い詰められてんだよ、てめえは!」



 つま先の一点に、全神経と力を集中させる。

 そして、地面を爆ぜさせる勢いで蹴り上げ、一気に管理者の懐へ飛び込む。

 だが――


「甘いぜ、リョウ!」

 

 管理者は飛び込んできた俺の顔に拳を放つ。

 両目には、拳がはっきりと映る。

 俺はそれを――最小限の動きで身を屈め、初めて管理者の攻撃を躱した。

 管理者の拳は俺の髪をかすめて、虚しく空(くう)を裂く。


「――なんだと!?」

「悪いな、お前の拳はもうお腹いっぱいなんだよ」


 左拳に想いを宿す。

 ここに宿った想いは、オリジナルの経験や記憶じゃない。

 俺の記憶の中にいる、妹の柚迩(ゆに)がこうアドバイスする。



――――地球の想い出


 俺と出会った柚迩(ゆに)がとんでもないアドバイスをしてきた。


「それじゃ、新たな家族誕生を祝して、当家に伝わるというか、パパがよく言う言葉を授けましょう。ムカつくやつを相手にするときは、言葉や権力や札束を使って、勝ってもすっきりしません。唯一、心晴れやかになれる方法は――」


 彼女は拳をぐっと握りしめる。

「全力で顔面をぶっ飛ばすことです!」


 柚迩(ゆに)は左ジャブを放つ。


――――


 俺も左ジャブを管理者へ放つ。

 拳に宿る想いが火花のように散って、光の航跡を描く。

 


――パンッ!


 ジャブは俺の拳を防ごうとした管理者の右手を弾き飛ばした。

 管理者は顔を青ざめさせる。

「な!? 俺のガードを??」


 思い出の中の柚迩(ゆに)が、右ストレートを繰り出す。

 

 俺もバチバチと爆ぜる火花を纏った右ストレートを放ち、管理者の左手を弾き飛ばす。

 管理者は両手を広げて、無防備な姿勢となった。



「チッ、このままでは――!!」



 ここにいないはずの柚迩(ゆに)の声が、はっきりと聞こえる。

「さぁ、一発お見舞いしてあげなよ。痛みを知らない人に痛みを教えてあげるのも優しさだよ――強烈なやつをね!!」


「ああ、そうだな! 強烈な一発を顔面にお見舞いしてやるぜ!!」


 俺はここで……追撃をせずに、腰を屈め、左手で右手首を握りしめて、想いを集約していく。

「当たる、当たる、当たる!! この拳は絶対に当たる!!」



 怒り、興奮、恐怖、歓喜、嫌悪――そして、期待。

 俺の中にある、正も負も、全ての感情を右拳へと託す。


 管理者は俺の姿に目を見開き、愚者を見るような視線を見せていた。

「な、なぜ、ここで攻撃を止めるんだ? まぁ、いい。すぐに体勢を整え――なっ?」


 管理者は自身の左手に、瞳を寄せる。

(左手が、痺れて動かない?)


 小刻みに揺れる瞳を、右手へ動かす。

(右手も痺れて動かない?)


 驚愕を言葉として、表す。

「あいつの一撃は俺の両手に――痺れを想起させたのか!?」


「いくぞぉぉぉぉお! 管理者ぁあああああ!!」


 想いは一点に集(つど)い、眩い輝きを放ち始める。

 光を瞳で受け止めた管理者は、後ずさろうとしたが――



「一度、距離を……な? あ、足が……震えている?」



 管理者の両足は震えていた。

 震えを知った彼女は、呆けたように言葉を漏らす。


「これは……恐怖? 俺が? 怖い? そんなわけ――」

「これで終わりだ、管理者! 俺の拳は――」

「駄目だ、あの拳は俺に――」



――当たる!!――



…………アスカは語る。

  

「兄弟喧嘩は理不尽なモノでのぅ。弟と同じ条件で遊んでいても、兄は不利と見るや否や、ルール無用で力尽くで勝ちを得ようとするものなんじゃ……」


――――


 想いの拳を解き放とうとした瞬間、恐怖に顔を歪めていた管理者の顔から色が消えた。


「……くだらない遊びはここまで」


 その一言を漏らした途端、見えない衝撃が広がり、俺の皮膚を、内臓を、心を、叩きつけていった。

 草原を薙いでいた風が止み、俺の息遣いすら失われる。

 世界が、管理者の都合によって、無音にされた。


(想いが……消えていく)


 猛っていた感情が失われていく……。

 想いも記憶もあいまいになり、自分が何者なのか、誰なのかも揺らぎ始める。


 管理者は口端を歪め、嘲(あざけ)りを声に乗せた。


「よくやった。だが、遊びはここまでだ。強制という名の力を……行使させてもらうぜ」

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