第106話 理不尽
――会談の場・草原
「拳は当たる!! 当たるんだぁああ!!」
「ぐっ!」
俺は蹴りを捨て、拳だけをひたすら繰り出す。
管理者は拳を躱し、時に両手を使い、受け流す。
状況は変わらない。どれだけ俺が拳をぶつけようとも、管理者には届かない。
だけど――!!
「どうした、管理者? てめぇからの攻撃がすっかりお留守のようだな!」
「――だ、黙れ!」
そう、俺の動きに合わせて容易くカウンターを決めていた管理者が、俺の拳を躱し、受け流すだけで精一杯になっていた。
俺が一歩、踏み込む。管理者は一歩、下がる。
さらに踏み込む。管理者は二歩下がり、距離を取ろうとするが――そうはさせない!
詰め寄り、攻撃の射程圏内を維持し続け、拳を放ち続ける。
この攻勢を前に、管理者は顔に歪みを見せた。
(力も技も速度もない直情的な拳なのに! どうして、模倣体ごときに翻弄されているんだ!?)
俺は腕を大きく振るう!
「こんっっの~~、食らいやがれぇ!」
そこから渾身の一撃を食らわせてやった。
管理者は両手をクロスして、辛うじて一撃を防いだが、草原に二本の線を描いて後方へと吹き飛ばされた。
クロスした隙間から、管理者の瞳が震えているのが見える。
(想いの力、だというのか? リョウの想いが、俺が宿しているオリジナルの経験を上回るというのかよ!?)
管理者はクロスした腕を解き、自身の両手を睨みつける。
そして、わなわなと震える手で、己の胸をひっかくように掴み取っていく。
「あのリョウの経験を上回る? そんなもの、そんなもの……認めてたまるかぁ! 出来損ないがぁぁ!」
「その出来損ないに追い詰められてんだよ、てめえは!」
つま先の一点に、全神経と力を集中させる。
そして、地面を爆ぜさせる勢いで蹴り上げ、一気に管理者の懐へ飛び込む。
だが――
「甘いぜ、リョウ!」
管理者は飛び込んできた俺の顔に拳を放つ。
両目には、拳がはっきりと映る。
俺はそれを――最小限の動きで身を屈め、初めて管理者の攻撃を躱した。
管理者の拳は俺の髪をかすめて、虚しく空を裂く。
「――なんだと!?」
「悪いな、お前の拳はもうお腹いっぱいなんだよ」
左拳に想いを宿す。
ここに宿った想いは、オリジナルの経験や記憶じゃない。
俺の記憶の中にいる、妹の柚迩がこうアドバイスする。
――――地球の想い出
俺と出会った柚迩がとんでもないアドバイスをしてきた。
「それじゃ、新たな家族誕生を祝して、当家に伝わるというか、パパがよく言う言葉を授けましょう。ムカつくやつを相手にするときは、言葉や権力や札束を使って、勝ってもすっきりしません。唯一、心晴れやかになれる方法は――」
彼女は拳をぐっと握りしめる。
「全力で顔面をぶっ飛ばすことです!」
柚迩は左ジャブを放つ。
――――
俺も左ジャブを管理者へ放つ。
拳に宿る想いが火花のように散って、光の航跡を描く。
――パンッ!
ジャブは俺の拳を防ごうとした管理者の右手を弾き飛ばした。
管理者は顔を青ざめさせる。
「な!? 俺のガードを??」
思い出の中の柚迩が、右ストレートを繰り出す。
俺もバチバチと爆ぜる火花を纏った右ストレートを放ち、管理者の左手を弾き飛ばす。
管理者は両手を広げて、無防備な姿勢となった。
「チッ、このままでは――!!」
ここにいないはずの柚迩の声が、はっきりと聞こえる。
「さぁ、一発お見舞いしてあげなよ。痛みを知らない人に痛みを教えてあげるのも優しさだよ――強烈なやつをね!!」
「ああ、そうだな! 強烈な一発を顔面にお見舞いしてやるぜ!!」
俺はここで……追撃をせずに、腰を屈め、左手で右手首を握りしめて、想いを集約していく。
「当たる、当たる、当たる!! この拳は絶対に当たる!!」
怒り、興奮、恐怖、歓喜、嫌悪――そして、期待。
俺の中にある、正も負も、全ての感情を右拳へと託す。
管理者は俺の姿に目を見開き、愚者を見るような視線を見せていた。
「な、なぜ、ここで攻撃を止めるんだ? まぁ、いい。すぐに体勢を整え――なっ?」
管理者は自身の左手に、瞳を寄せる。
(左手が、痺れて動かない?)
小刻みに揺れる瞳を、右手へ動かす。
(右手も痺れて動かない?)
驚愕を言葉として、表す。
「あいつの一撃は俺の両手に――痺れを想起させたのか!?」
「いくぞぉぉぉぉお! 管理者ぁあああああ!!」
想いは一点に集い、眩い輝きを放ち始める。
光を瞳で受け止めた管理者は、後ずさろうとしたが――
「一度、距離を……な? あ、足が……震えている?」
管理者の両足は震えていた。
震えを知った彼女は、呆けたように言葉を漏らす。
「これは……恐怖? 俺が? 怖い? そんなわけ――」
「これで終わりだ、管理者! 俺の拳は――」
「駄目だ、あの拳は俺に――」
――当たる!!――
…………アスカは語る。
「兄弟喧嘩は理不尽なモノでのぅ。弟と同じ条件で遊んでいても、兄は不利と見るや否や、ルール無用で力尽くで勝ちを得ようとするものなんじゃ……」
――――
想いの拳を解き放とうとした瞬間、恐怖に顔を歪めていた管理者の顔から色が消えた。
「……くだらない遊びはここまで」
その一言を漏らした途端、見えない衝撃が広がり、俺の皮膚を、内臓を、心を、叩きつけていった。
草原を薙いでいた風が止み、俺の息遣いすら失われる。
世界が、管理者の都合によって、無音にされた。
(想いが……消えていく)
猛っていた感情が失われていく……。
想いも記憶もあいまいになり、自分が何者なのか、誰なのかも揺らぎ始める。
管理者は口端を歪め、嘲りを声に乗せた。
「よくやった。だが、遊びはここまでだ。強制という名の力を……行使させてもらうぜ」




