第105話 当たれは当てる。そして当たるへ
「なぜ、立ち上がれる……?」
管理者は呆けた様子で声を出す。
その姿があまりにも滑稽で、俺は思わず笑いを漏らした。
「あはは、それが理解できないお前に、世界なんか作れはしないぜ」
「……なんだと?」
「リョウ!」
看板が俺の名を刻む。
「悪い、心配かけた。情けない話、ビビってたわ」
「リョウ、大丈夫なの?」
「ああ、心配ない。もう二度と、心を折るつもりはない。痛みに負けたりしない!」
「そう……今の君なら、想いの力で怪我を治せるはずだ。早く、その痛みを――」
「必要ねぇよ」
「え?」
俺は殴られた頬や鼻に触れる。
ズキズキと痛みは残るが、血はもう止まっている。
「フフ、これくらい痛みがある方が、リアルってもんだ。それに痛みが、こいつに対する怒りを呼び起こすからな、はははは!」
みんなの想いを背負う。だけど、重みなんかまったくなく、むしろ俺の背中を支えてくれている。
そこに、痛みという名の怒りが起爆剤となり、闘気を点火する。
「へへ、さぁ続けようぜ。管理者」
「こ、この気配。素体のリョウの狂気!? いや、それ以上に、別の何かもまた――」
「いくぜええぇえええええ!!」
管理者に向かって突貫。拳を振るう!
(当てる!)
「フン、相変わらず振り回すだけか。食らえ!」
俺の拳が届く前に、管理者の拳が俺の左頬に炸裂した。
だけどな――!
「痛くねぇ! おらぁ!!」
「なっ、避けずに!? チッ――」
管理者が後ろへ退く。それを追いかけ、足を前へ! さらに拳を打つ! 打つ! 打つ! 打ち続ける!!
「おらおらおらおらおらおら!!」
「数を打てば当たるってもんじゃ――くっ!」
管理者の顔色がわずかに曇る。
(ど、どういうわけだ。技術が上がったわけでも速度が増したわけでもないのに、読みづらくなっている。カウンターを合わせられない!)
管理者は俺の拳を受け流して、半身を俺に寄せると腹部に膝蹴りを入れてきた。
「がはぁ!」
「ハンッ、てめぇは隙だらけなんだよ、リョウ!」
「関係ねぇ!」
無理やり拳を動かし、裏拳を当てようとするが――
「くっ、当たるかよ!」
「当てるんだよ!! うぉおおおおお!!」
(当てる!)
拳を叩き込む!
(当てる、当てる!)
蹴りをお見舞いする。左フックを打つ。
(当てる、当てる、当てる、当てる……必ず当ててやる!!)
想いが右手に宿り、剃刀のような右ストレートが鋭く走る。
――チッ
その軌道の端で、管理者の頬がわずかに揺れた。
「ぐっ、てめぇ!」
管理者はすぐさまお返しとばかりに同じ右ストレートを放つ。
俺はそれを正面から受けて、尻もちをついてしまった。
だけど……。
右拳の小指を見つめる。
小指には、確かな肉の感触が残る。
それは――――届いた証拠!!
「……はは……ははは、あはははは。当たるじゃん。そうだよ、俺の拳は当たるんだよ」
揺らりと立ち上がり、両拳を握りしめる。
「俺の拳は――お前に当たる!!」
――――光の階段前
階段前広場で、モニターに映し出されるリョウたちの攻防を目にしたミュールはヤマタノにヘッドロックをかけた状態で、興奮を隠しきれずに声を張り上げていた。
「惜しい! もう少しでしたよ、リョウさん!!」
「ミュ、ミュールちゃん、くるしいの~。吾輩このままじゃ窒息……ああ、でもミュールちゃんの脇の匂い、くんかくんかできるの~」
大きく鼻を広げて匂いを吸引するヤマタノにドン引きしたミュールが、ヘッドロックを解除する。
「ひっ、気持ち悪い!」
「それはひどいの~。自分から吾輩を殺りに来たくせに~」
「つい興奮してしまい。それについては謝りますが……気持ち悪いですよ」
「辛辣なの~。吾輩はただ、美少女の脇をクンカクンカしただけなのに~」
「しただけじゃ済みませんよ、それ!」
そんな二人を横目に、アスカは鉤の字をした指を顎先において、難しい顔をしていた。
「ふむ……」
それに気づいたミュールが尋ねてくる。
「どうしました、アスカさん?」
「いや、形勢逆転って感じじゃが……」
「ええ、そうですね。ここからでも、リョウさんの想いの力が伝わります。想いが反映する世界では技術よりも心の力。心で優勢に立ったリョウさんの拳は冴えて、管理者は鈍ってます。これでリョウさんが勝てなければ、あの世界の意味がありません!」
「何度も言っておるが、これはとどのつまり兄弟喧嘩。兄弟喧嘩の前では、ルールなんぞ無いに等しいんじゃよ」
「え?」
ミュールはアスカの意図が読めずに眉をひそめる。
同じくアスカも眉をひそめて返す。
「おぬしにしては察しが悪いのぅ~。いつもならすぐにピンとくるじゃろうに」
「兄弟喧嘩がどうこう言われましても、私に兄弟はいませんし。そもそも、親から捨てられた身で、お師匠に拾ってもらうまでは物乞いのような生き方をしてたわけですし」
「あ……そ、そうじゃったな。完全に失念しておった」
アスカはバツが悪そうに頬を掻いた。
それを見逃さないヤマタノは、さささっと忍び寄る。
「あ~、地雷を踏み抜いちゃったの~」
「いや、それは……」
傍で話を聞いていた、ミシャとメルからの冷ややかな視線が突き刺さる。
「配慮に欠けた発言でしたね」
「神とは言え、さすがに今のはよろしくないでは?」
「ううう……ネコ結界なみに強固な、倫理と道徳包囲網はやめてほしいのじゃ。返す言葉がのうて……」
「あ~あ、なの」
「弁明を考えている場合ではないかと」
「ミュールさん、傷ついたでしょうね」
「かああ、やめるのじゃああああ」
アスカはその場で頭を抱えてうずくまる。
その様子を見ていたミュールは溜息を漏らし、こう口にした。
「別にいいですよ、アスカさん」
「ミュ、ミュール。ワシは別に傷つける気は……」
「ですから、気にしてませんよ。たしかに私に親兄弟はいませんが……ふふ」
ミュールは微笑むと、黒真珠のような瞳で愛おしそうにアスカを見つめる。
「今の私には家族がいますから。お師匠様やアスカさんが……」
「……ミュール」
アスカは顔を伏せる。それをミシャとメルがのぞき込む。
「照れていますね」
「はい、顔が赤くなってます」
「ええ~い! いちいち観察するではない! あ~もう! ミュールも不意打ちは駄目なのじゃ!」
「いえ、素直に思ったことを言葉に出しただけでして」
「そんな事を恥ずかしげもなく言えるおぬしの神経はどうなっとるんじゃ! もう、この話はやめじゃやめ! ほらほら、リョウの頑張りを見届けるぞい!」
「ふふ、そうですね。今もリョウさんは戦っているんですから」
「くすっ、面白いものを見れました」
「太陽神アスカ様。噂とは違い、とても親しみやすい神のようですね」
「だ~か~ら~、もうやめるのじゃ!!」
アスカとミュールを中心に微笑ましい光景が広がる。
その暖かな光景を、血よりも赤い瞳を見開き、呆然と見つめる者がいた。
それは――ヤマタノ!
(わ、吾輩、家族からハブられたの……)
※ミュールにとってヤマタノは毎日遊びに来る仲の良いお友達という関係です。ハブったわけではありません。




