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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第二十章 管理者の世界

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第104話 勇気のかたち

――会場・草原



 俺は力なく項垂(うなだ)れて、返事すらする気力もない。

 瞳の端では看板が何かを俺に訴えているが、もう、そちらに視線を送る力もなかった。

 

 そんな姿を見た管理者は、両手を大仰に上げて、呆れた態度を見せる。

「はぁ、この俺に反旗を翻すまでに成長した道具が、どれほどのものかと期待したんだがな。こんなものか。わざわざお前の用意した舞台に足を運んでやったのに、とんだ無駄足だったな」



 瞳の端で、看板が文字を走らせる。

「……反旗を翻すまでに? もしや、あなたはそれを期待していたのですか?」

「うん? いや、そいつは違うな。面白いとは思っているが」

「え?」


「俺の目的はリョウの記憶を移植して、あの人の思考のもとで、こいつが何を学び、何を得るのか? それらの情報が……この宇宙とは全く違う宇宙を生み出すはずだった」



「この宇宙とは違う宇宙? ま、待ってください。あなたは神や連邦が支配する宇宙の創生を目指していたのでは? 違うというならば、汚染率の意味は!? これまでの問いの意味は?」


 看板が問いかけた疑問に対して、先ほどまで飄々としていた管理者の顔に、なぜか怒りが宿る。

 両手をわなわなと震えさせ、言葉は低く籠ったものとなる。


 この声に、看板は恐怖を覚えた。

「……俺に招待状を発行した時点での汚染率はいくつだった?」

「え、そ、それは……」

「さっさと答えろ」


「は、はい! 57%です。ナスの問いの時点では72%に上昇しました」

「それで、今は?」

「……398%です」


「398%。ふざけやがって……」


 

 管理者はかかとを力強く落としながら、俺の前に立つ。

「100%なら認めた。問題なかった。だが、お前が出した答えはなんだ!? リョウ!!」


 こいつが何を言いたいのかわからず、俺は小さな言葉だけを落とした。

「…………あ」


「ふん、言葉も返せないのか、この臆病者」


 彼女は俺を見ているようで見てない視線を見せつつ、言葉にゆっくりと熱を帯びさせていく。

「……100%であれば、よかった。そうであれば、あのリョウの視線が! リョウの経験が! リョウが感じたものが詰まった宇宙となっていた」


 怒りに震える指先で俺を突き刺し、管理者は罵るように声を荒げる。

「だが、問いの答えに対して、リョウが出すであろう答えから、お前はかけ離れた答えを出した!! その結果が――398%!!」



 管理者は空へ手を伸ばし、ゆっくりと閉じて、拳を生み出す。

「100を超えた世界は、お前が望む世界。そんなもの、俺は望んでいない。わかるか、お前に? 今の俺の怒りが!?」



 彼女は拳を解(と)き、自身の顔に手のひらを当てて、美しい顔をわざとぐしゃぐしゃに引き延ばす。

「お前に変化があった。それを放置したのは期待の表れ。お前という存在が俺の意図を離れて、リョウという存在として、何を為すのかを期待していたんだ。だが……」



 管理者は瞳から怒りの炎を消して、熱の籠らぬ冷たい視線で俺を突き刺す。

 そして、看板へ振り返り、悲しみを纏い、こう告げる。

「だが、この結末。こいつは痛みという原始的な恐怖の前に屈する程度の存在。あのリョウと比べる価値もない脆弱な存在。あの人が持つ、狂気の一欠けらもない……」


「狂気……?」


「……素体のリョウは一見普通の少年だが、その心に残酷な衝動を隠し持っていた。それとうまく付き合い、乗りこなしていた。俺は、その狂気に抗(あらが)うだけの意地というものに興味を示した」


 管理者は微笑みと共に、そっと自身の胸に手を置く。

「ふふ、ちっぽけな存在が狂気に抗うために、俺の力に触れるなんて正気の沙汰じゃない」


 看板は木目に猫の目を表して、何度も瞬(まばた)きを繰り返し、内部データに触れる。

「リョウに関する情報取得……データでは、素体のリョウは『狂気の核』となった前世の存在と向き合い、さらにはパラレルワールドの宇宙を再構築している」


「あはは、無茶苦茶な奴だろ! だからこそ愉快だった。だからこそ、こんな存在がいる宇宙はどのようなものかと興味を示した。それは、純粋な力の存在だった俺に、意思が宿った瞬間でもあった」



 管理者は大きく首を横に振る。

「はぁ~あ、だってのに、こいつは素体のリョウとは違う存在になり果てた。この宇宙では、物足りない。そう感じて、足りないものを補うためのこいつだった……」



 大きく両手を広げ、空へ言葉をぶつける。

「成功していれば! あのリョウの狂気を内包する宇宙が生まれていた。もっと素晴らしい宇宙が誕生する!! そう、思っていたんだがな……まぁいいさ」



 管理者は俺と看板を交互に見つめ、薄く笑った。


「俺は諦めない。そして、飽きない。だから終わらせる気もない。そう、何度でも――」




――やり直せばいいことだ――



「……………え?」


 虚ろだった思考に、言葉が響いた。それは、決して聞き捨てならない言葉。

「いま、なんて……」

「おや、まだしゃべることができるのか。だけど、俺はもうお前に興味は――」

「……いま、やり直すと言ったのか?」


「ん? ああ、言ったぞ。模倣体であるお前が役立たずなのは理解したが、それでも数をこなせばデータは得られるだろうしな」


「数を……」


 頭の中に、アスカとミュールの会話が響き渡る。

――――――

『無限の時間を生きる存在にとってそれらはとても希薄なのじゃ』

『神は失敗であっても、人のように環境を変えることなく同じことを繰り返すんです。何百、何千と』

『神は機会が無限。数百……いえ、数万の失敗を重ねても人間の一回にも値しない行為」

『飽きるという感情を持っていないかもという点です。仮に飽きるとしても、その時は一体、どれだけの失敗を重ねているんでしょうね』


――――――


 アスカがくれたアドバイスの意味が、いま、鮮明となる!


「それは、だめだ……」


 怖い、それは誤魔化しようのない事実だ。

 でも、それ以上に許せないが胸を焼き、世界の音が一瞬だけ消えた。


 ドッドッドと、心音が響く。その音は、今までとは違い、俺に熱を運ぶ。

 つま先に力が戻る。

「こいつを放置したら、同じことを繰り返す。何百、何千、何万と」

 

――ドッドッド


 高鳴りがさらに響き、膝には決意が宿る。

「宇宙を生み出しては消して、俺や看板と同じ存在を何度も生み出す。ずっと繰り返す」


――ドッドッドッドッ!

 

 音は勇気をくれて、俺は立ち上がり、正面を向く。

「俺が諦めたら、数え切れない犠牲を生み出すことになる。それに、俺が背負ってるのは、俺たちだけの想いじゃない!!」


――ドッドッドッドッドッ!!

 

 大地を鳴らす力強い響きが、両手に震えを与え、それを握りしめると、鋼鉄よりも頑強な拳へと生まれ変わる。


「象のおじさんがいる。ナスたちがいる。影たちがいる。女神がいる。あいつらに約束しただろうが、俺!! 罪を背負って、それでも期待と信頼を受け取った俺が――こんなところでビビってどうすんだよおおおぉぉぉ!!」



――ドッドッドッドッドッ――ドン!


 

 俺は拳を前へ突き出して、想いを一点に集約させた。

「まだ、終わってねぇぜ、管理者。俺はこの拳を、お前に、当てる……」




――アスカ


 再び、立ち上がったリョウの姿を見て、アスカは呟いた。


「言葉は相手の心を殺すが、時に奮い立たせてしまうこともある。管理者よ、剣(ことば)を操り損(そこ)ねおったな」


 彼女は小さな笑みを零し、こう心の中で唱えた。

(オリジナルのリョウは、狂気を勇気に変えて立ち上がった。じゃが、リョウ、おぬしは優しさを勇気に変えて立ち上がる。ふふ、おぬしたちは全く別の存在ぞ)

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