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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第二十章 管理者の世界

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第103話 恐怖のカタチ

 会談の場――草原


 ぼたぼたと、鼻から落ち続ける血を手で押さえる。手は血に染まり、何かが耳に木霊する。


 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。


(な、何の音だ?)


「――っ!? ごは! ゴホゴホゴホ!!」

 鼻から喉へと血が流れ込み、むせ返り、俺は唾液と一緒にネバついた血を草の上に吐き出す。


「ごほ、はぁはぁはぁ」

 咳き込みは終えたはずなのに、息が整わない。何故だ――!?



「ククク、苦しいだろう」


 頭の上から管理者の声が落ちてくる。

 俺は恐る恐る、見上げる。

 管理者の佳人の笑みが、氷のように冷たく俺を見下ろす。


「今までお前は、素体となったリョウの記憶に縋り、その場の勢いだけで課題を乗り越えてきた」

「はぁ、はぁ、ごほごほ」

「フフ、返事もままならないか……時には、仲間たちの助力によって乗り越えた。だが、ほら、見ろ」


 管理者は額(ひたい)に手をかざして、遠くを見る仕草を表す。

「今は誰もいない」

「……あ」


 俺はゆっくりと顔を振る。俺の前にも、隣にも、後ろにも、勇者や魔王やメルはいない。

 唯一の相棒、看板の姿が目に入る。


「リョウ! 管理者は君の心を折るつもりだ!! だから飲まれちゃダメだ!!」

「か、かんばん」



 看板の励まし。だけど、その想いは奇妙な音によって掻き消される。



 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。


 俺は耳を塞ぎ、その音を消そうとした。でも――

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。


――消えない。


「な、何の音だよこれ? うるさい、うるさい、うるさい!」

「くはははは! なんだ、気づいてないのか?」

「へ?」


「それはな――」


 管理者は俺に顔を近づけ、大きく目を広げて、暗く冷たい瞳で俺を覗き込んだ。

「お前の心臓の音だよ」


「……おれ、の?」


「お前には、記憶はあっても経験はない。つまり、喧嘩なんてしたことないんだよ。今まではポイントと記憶のおかげで、相手を圧倒し、戦いに赴く覚悟や緊張ってのが緩和されていたが、今は違う。頼りのポイントもない」

「うぅ」


「だが、俺はお前と違い、あいつの全てを持っている。フフフ」


 管理者は自分自身を慈しむように己を抱く。

 そこからゆっくりと、体を這うようにして手を下ろし、手のひらをじっと見る。

「……暴力ってのは慣れだ。慣れないと、緊張で体が思うように動かない。心臓は早鐘のように打たれ、血圧は急激に上がり、息は全く整わず、あっという間にスタミナ切れを起こしちまう。今のお前のようにな」


 管理者は俺の両手を指さす。

 俺は血の纏わりついた両手を見る。

 小刻みに震えている。ぐっと握りしめて震えを誤魔化そうとする。

 だけど、拳に力が入らない。ただ、緩んだ拳が震えている。


(震えが止まらない。いや、止まったとしても――あいつにどう勝てばいい!!)


 時間にしておそらく二分足らず。でも、その二分で理解した。理解させられてしまった。


 俺では……勝てない、と。


(でも、負けるわけには……どうすればいい? そうだ、ここは想いが反映する世界。拳が駄目なら――)


 すると管理者は、俺の思考を先回りして、それを言葉として表した。


「魔法や銃に頼るか?」

「あ……」

「構わないぜ、ルール変更でも。俺はな、ふふ」



 柔らかな笑いを、俺に手向(たむ)ける管理者。その笑みに優しさなど微塵も感じない。


 それでも――

(……銃、魔法……)

 拳に変わる武器が頭をよぎる。

 

 その瞬間、管理者の空気が一変した。

 彼女の身体から、ねっとりとした赤黒い瘴気が溢れ出す。

 俺の目には、彼女の存在が途方もなく巨大に膨れ上がったように見えた。


 

(――駄目だ、経験値が違いすぎる! 魔法や銃を持ち出せば、ますます実力差が広がる!)


 俺は拳を睨みつける。その上に涙が落ちる。

 拳は怯えに屈して、震えるのをやめない。

(くそ、拳が唯一届く可能性を持った武器だってのに、だってのに、だってのに!!)


 怖くて、体が応えてくれない。心が恐怖に凌辱される。このままだと、俺は……。



――――光の階段前


 この光景を見ていたミュールが焦りの声を漏らす。

「さ、さすがにヤバくないですか? このままだとリョウさんの心は……」


 彼女の言葉に、アスカはニヤついた笑みを見せながら鼻を鳴らす。

「フン、さて、どうかのう?」

「どうもこうも、管理者は次の言葉でチェックをかけますよ。リョウさんのMPはゼロに近いですし」


「MPゼロ、か……ゲームなら回復薬がないとままならぬが、人のMPは心ぞ。心の力は、己(おの)が裡(うち)から無尽蔵に湧き立つもの。見よ、ミュール。心を理解せぬ愚か者が、諸刃の剣を振るうぞい、ククク」


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