第10話 ギャンブルの基本は冷静であること
ルーレットが回転し、玉が跳ねる音。
カードのシャッフル音に、歓喜と悲哀が混じり合う悲鳴。
カクテルを運ぶバニー姿のお姉さんを横目に、いまさらながら学生の俺が、こんな大人な場所に訪れてよいものかと思ってしまう。
周りは誰も俺のことを気にしてないからいいんだろうけど。
だけど……自分の服装を見下ろす。
「パジャマ姿……これはさすがに浮いてるよな」
ほんのり頬が紅潮する。そんな俺に容赦のない一言を浴びせる看板。
「TPOを理解してない若者がここにいます」
「やかましいわ! 仕方ない、1Pくらいでそれっぽい服用意できるか?」
「できるよ、上下一式で」
猫の目が現れ、瞬き。パジャマが光に包まれて、消えると、蝶ネクタイがくっついたタキシード姿へと変貌。
看板はそれを見て……吹き出しやがった。
「ぷふぅ、に、似合ってるよ! ぷふふふふふ」
「ほんと腹立つなぁ、お前は!」
俺は看板を無視することにして、まずはルーレット台の前へやってきた。
このゲームのルールは――
00から36の数字があり、その上にコインを置き、ルーレットの玉が落ちた目と数字が見事一致すれば、35倍の配当がつく。
ただし、0と00は親の総取りになるので注意。
あとは数字には黒と赤があり、どちらかに賭けて当たると二倍になって返ってくる。
細かなルールはまだあるが、大枠はこれでいいだろう。
「とりあえず、赤と黒に賭けてみるか。そういや、コインはどこで手に入れればいいんだ?」
「賭けたい場所に指先を伸ばして、賭けたいポイント数を念じれば、台の上にコインが生まれるよ」
「ふ~ん、こうかな?」
言われたとおり、指を伸ばして、赤の場所を指さした。
すると、コインが現れる。
「おお、ちょっと楽しい」
「いくら賭けたの……1P? ヘタレ」
「うるさいよ。本当はまず見のところだけど、一度ルーレットの感覚を知りたいから。ま、ギャンブルの基本だな」
「様子を探るギャンブル用語・見を知っている君は何者なの?」
「お前にだけは言われたくない! さて、結果は?」
ディーラーと呼ばれる、ルーレットを回す人が玉を投げ入れる。
その玉は何度か跳ねて、見事、赤の数字へ落ちた。
「おっしゃ! タキシード代を取り戻した!」
「ショボ。100P賭けてたら、200Pになってたのに」
「ふん、そんな誘惑には乗らないぞ。堅実に積み重ねていくのが大切なんだからな。では、ゆっくりと着実に、撤退ラインも考えて~~~~」
一時間後――
俺は会場の端に用意されていた椅子に、両手で顔を塞ぎつつ腰を掛けていた。
「どうしよう……ポイントが……ゼロ……」
「熱くなりすぎだよ……」
俺は立ち上がり、看板に詰め寄る。
「だってさ! 最初は勝ってたんだぞ! 800ポイント超えて、これは1000ポイント目指せるなと思ったら――半分持ってかれるし!」
「そこでやめればよかったんじゃないの?」
「勝ってるときにやめられるか! こっちに流れがあったんだからな!」
「いやいや、無かったから、負けたんだよ」
「う、うるさい。それにそこでやめたら、せっかく800まで増えたのに400まで減ったことになるんだぞ! これだと、400ポイント失ったのと同じだろ!」
「なんでそこで、元の300Pから100Pも勝ってるという発想にならないの?」
「ぬぐ…………そうね、そのとおりですよ。でも、気がついたらこんなことに……はぁ、どうすればいい?」
「帰る?」
「帰っても、ご飯ないし……」
「じゃあ、どうするの?」
「それを俺が尋ねてるんだよ! あ~、賭ける種銭もないって、詰んでる」
「種銭って……普通の学生なら知らなさそうな言葉が、どうしてこんなに出てくるんだろう?」
「それはね、学校にトランプを持ち込んで、お昼時間に賭けてたから」
「何を賭けてたの?」
「ジュース」
「ちっちゃ」
「高校生だぞ、ジュース1本でも結構きついっての! しかも毎日のお昼! って、叫んでたら腹も減ってきたし、どうしたら……」
「よかったら、こいつをどうだい、坊主?」
巨大な人影が俺を覆う。
見上げると、俺の背丈を遥かに超えた緑色の象が二本足で立っていた。
「えっと、あの……」
「心配するな、金なんて取りゃしねぇよ。俺が片手間で作ったまかない飯みたいなものだしよ」
象のおじさん? らしき人は、お肉が山盛りのどんぶりを差し出してきた。
思考は遠慮すべきという。
しかし、腹の虫は大口を開けて受け入れろと言う。
「では……遠慮なく――な、うまっ!? むしゃむしゃむしゃむしゃ!!」
「がははは、いい食いっぷりだ! それくらいの勢いで食ってくれると、料理した甲斐があるってもんだ」
「もぐもぐ、おじさんは料理人なんですか?」
「たしかに、俺ら象の一族は、至高にして究極の料理を追い求める一族だが……俺は引退したよ。親父がやってた料理屋も、弟に任せたし」
「弟さんに?」
「おう! 宇宙一美味い飯を生み出した自慢の弟だ!」
「宇宙一? それって、アミュックレイ?」
「おや、お前さん、知ってんのか! 人間族にしては珍しいな! あんまり好まれないからよ」
そう言って、象のおじさんは俺の背中を叩いてくる。
本人は軽めのつもりでも、どでかく分厚い手のひらの一撃一撃が重い。
「ごほごほっ」
「おっと、すまねえ。それで坊主。何やら困っているようだが……」
俺はおじさんを見上げ、一瞬だけ戸惑った。
(こういったことって、簡単に他人に相談していいものかな?)
だけど、お肉いっぱいのどんぶりを見て……。
(悪い人じゃなさそうだし、話すくらいならいいか)
「実は……」




