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金の風に吹かれて漂ってくるのは、甘ったるい香の香り。

 視線を上げて目に入るのは、煌びやかに衣や簪で己を着飾り、嘘偽りの薄い笑みを浮かべる女たち。

 さっきまで晴れていたのに、まるで雪花の足取りを表すかのような曇り空。


 雪花は重い足取りで琴乃を始め、侍女数人を連れ、日和殿に向かっていた。

 妃同士の宮殿や帝の住む天光殿は、長い回廊で繋がっている。

 六花殿の外へ久しぶりに出た雪花は、相変わらずの煌びやかさに目が眩んだ。


 床にはチリ一つ落ちていないし、欄干は綺麗に磨かれている。

 回廊から見える庭は、六花殿とは雰囲気が異なるが、これもまた秋らしく風情があった。


 妃付きの侍女は、自分の妃が住まう宮殿の管理を行うが、回廊や宴が行われる中庭のような共用場所は、天華官女と呼ばれる天華宮全体を管理する侍女が別にいる。


 宮殿付きの侍女は、妃の承認さえあれば仕えることができるのに対し、天華官女になるためには難易度の高い試験を受けなくてはならないらしい。

 そのため家柄が良く、賢い女人が多いのだ。

 それ自体は問題ない。むしろ仕事を早く完璧にこなすことは良いことではあるが、賢さや家柄が良いとなれば、気位や自尊心が高い人が多い。

 あわよくば妃の座を狙おうとしている人も少なくないと思う。

 帝に気に入られ、気にかけてもらえれば位を上げることも可能だ。


 一歩ずつ足を踏み出すたび、床が軋む音が立つ。その音を耳に入れながら、雪花は真っ直ぐ前を見据え、進んだ。

 回廊ですれ違う官女たちは一瞬驚いた顔をしながら端に寄り、雪花に対し頭を下げる。

 庭先からもいくつもの、女人の視線が感じられた。

 その目は驚きと恐れ、嫉妬、負の感情が滲み出ている。

 雪花が回廊を進むたび、天華宮の空気が一層張り詰めていくのが肌でひしひしと感じてとれた。


「ほら、氷の妃がいらしたわよ」


「相変わらずの無表情さね」


「なんであの愛想がない人が皇后候補なのかしら」


「容姿はとても美しいのに、もったいないですわね」


 女人たちがこちらを見て声を潜めて話す。

 憎しみや嫉妬の色がこもった声色や鋭い目つきが雪花を突き刺した。

 きっとこちらに気付かれない様にしているつもりだろうが、その悪意はあまりにも露骨だ。

 雪花は身体に力が入りそうになるのを抑えた。


(いつものことよ。気にしてはいけないわ)


 天華宮に来てからずっと、愛想のなさから陰口を叩かれることは多かった。

 だが、ここで何年も暮らしていると、女人たちの言葉にいちいち気を留めていれば、心がもたなくなることを知り、何事も見えない、聞こえないふりを徹底するように努めた。しかし、何年経とうとも負の言葉に全く傷付かない訳ではない。

 表情に表れなくても、雪花だって悲しい、悔しい、腹立たしいと思うことはある。

 負の感情を抱かれることに慣れるのは今後も難しいだろう。

 慣れないものは慣れない。

 それでも雪花は表情を崩さず無のまま、ただただ足を進めた。


「雪花さま」


 ふと後方から声がかかり、雪花は足を止め、顔のみを後ろに向けた。


「雪花さまに対してなんて失礼な物言い……あの者たち、黙らせてきましょうか?」


 琴乃は鋭い目つきで庭先からこちらを見る官女を睨んだ。

 理由はどうであれ、雪花はここ天華宮の女人の中で最も位が高い立場にいる人だ。そんな人に暴言など言っていいはずがない。

 それに、琴乃は気付いたのだろう。

 一瞬、雪花が身体をこわばらせたことを。

 いつもの穏やかなその目は静かに炎を燃やしていた。

 静かに怒っている琴乃を見たら一気に雪花の身体の力が抜けていく。


(大丈夫、ここに私の味方はいるわ)


 それが再認識できた途端、気持ちが少し楽になった。


「……いいえ、その必要はないわ。言いたい人には好きな様に言わせておきなさい」


「よろしいのですか? あんな無礼な者たちを放っておいても……」


「良いのよ。この場であの方たちに話したとて、きりがないわ。天華宮に私をよく思わない者なんて大勢いるのだから」


「……かしこまりました」


 琴乃は納得がいっていないようだったが、雪花の意見を曲げることはせず、悔しそうに顔を歪めた。そんな琴乃を横目に、雪花は再び足を進める。


 ちら、と目線を庭先の女人たちに向けると、一人の官女と目が合った。雪花の冷たい目に官女は一瞬、目を見開き、勢いよく頭を下げて散り散りになっていく。

 感情の持たない無の表情のまま、ただひたすら歩き日和殿に向かった。


 皇后候補として申し分のない、美しく完璧な容姿。一目見れば誰もが惚れ惚れするであろう容姿を持っているにも関わらず、雪花の形の良い唇は人前で弧を描くことはない。

 信頼を置いている六花殿の侍女に対しても、この国の頂にいる帝に対しても同じ。どんな人にも表情を崩さず、靡かず、孤独を貫く。

 そのため、彼女はこの天華宮でひそかにこう呼ばれている。


 ――無表情な氷の妃、と。

 

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