火と氷
雪花は普段とほぼ変わらない生活を送っていた。
雪花の力を知ってもなお離れず、さらには力になりたいと言ってくれた春陽の気持ちがただただ嬉しかった。
手の中のかんざしが日に当たって煌めく。
「ふふっ」
その煌めきは、暗い所にいる雪花を引き上げてくれる春陽のようで、思わず頬が緩んだ。
そんな春陽は何やら事情でしばらく天華宮を離れるらしい。
彼一人がいないだけで、天華宮が味気なく感じるから不思議だった。
縁側から見える庭は、すっかり秋色を失い、何も纏わない木が寒々しく立っている。
季節は冬になっていた。
「雪花さま。この後、天光殿にて宴の用意がございますので」
琴乃に控えめに声をかけられ、雪花は一つ頷いた。
冬になったということは、白雪の宴が目前に控えているということ。次の宴は雪花がおもてなしをする番になっていた。
前回の白雪の宴の散々だった様子が思い返され、思わずため息が出た。
(自分をよく思っていない方達の前で、あまり目立つことはしたくないわ)
じっと自分の白い手を見つめる。沈黙に支配された時、奥からばたばたと衣擦れの音が響いてきた。
「雪花さま、失礼致します」
目の前に現れるなり、勢いよく座した千代は、乱れる息を整えながら申し伝える。雪花は手元のかんざしを急いで懐にしまった。
「日和宮の日乃子さまがいらっしゃいました」
久しぶりに聞く穏やかな妃の名に、雪花の肩がぴくりと動いた。だが、自分には会う資格などないと思う。
かんざしの件以降、訪問や贈り物を断り避け続けてきたのだから。
自分と関われば、帝からの手が及ぶ。だから遠ざけた。
「……出られませんと伝えてください」
「えっと、あの……それが……」
千代を見ず淡々と言葉を返す雪花だったが、どういうわけか千代の歯切れが悪い。不思議に思い首を横に向けようとした時、柔らかな声と香の香りが雪花を包んだ。
「そんなに避けられましたら、悲しいですわ雪花さま」
千代の後ろに立つ姿に目が釘付けになる。雪花はぽかりと口を開けた。
「ごきげんよう雪花さま。勝手に入ってしまいまして申し訳ございません。ですが、こうでもしませんと会えないんですもの」
頬を膨らませて怒ったような素振りを見せる彼女に、雪花は言葉に詰まった。
「……全然お会いできなくて、心配しておりました。ですが、お変わりなさそうで安心しましたわ。少しお話したいことがありまして。よろしいでしょうか?」
「……ええ。分かりました」
雪花は千代にお茶の用意を頼むと、日乃子を連れ部屋に戻った。
二人きりの部屋で向かい合って座れば、日乃子がおずおずと口を開く。
「雪花さま、ありがとうございました」
「……?」
突然頭を下げる日乃子に雪花は息を呑んだ。礼を言われることは何もしていない。むしろ、避けていたことを謝罪しなくてはならないのに。
「あの、お顔を上げてくださいませ。申し訳ありません、何のことかさっぱり……」
顔を上げた日乃子は浮かばれない顔をしていた。鮮やかな黄緑色には似合わない顔。
「先日、琴乃さまがいらっしゃいまして」
「え」
「雪花さまが、私を傷付けないためにお会いになっていないのだと教えて下さいました」
知らぬ間にそんなやりとりがされていたとは思わなかった。贈り物を拒否し、突き放していた雪花のことを、日乃子はいずれか愛想を尽かすと思っていたが、何度も気遣いの手紙を送ってくれていたのはそういうことだったのか。
「かんざしの件もこっそり教えて頂きましたの。あの、お気になさらないで下さいね。私は雪花さまのせいだとは思っておりませんから。それよりも、距離を置かれてしまう方が悲しいですわ」
眉を下げ力なく笑う日乃子を見ていれば、彼女の優しさにぎゅうと胸が締め付けられた。感情を出さぬように奥歯を噛み締めて耐える。
「私を守ろうとして下さって、雪花さまはやはりお優しいのですね」
自分よりも背が低い日乃子が上目遣いで見てくる。曇りのない瞳は美しい。
「なぜ、そんなにも私のこと……」
雪花は膝の上に乗せた手をもぞもぞと動かした。
「私は雪花さまが本当にお優しい方だと知っているからです。困っていれば助けたいし、もっと語り合いたいです」
襖の外から、木々が風に煽られる音がする。ざわりと音が立つのは、雪花の心も同じだった。
「雪花さまご自身も傷ついて頂きたくないので、主上の目を盗んでこっそりお茶会をしましょう。これから宴の用意で大変かと思われますが、いつでもお手伝い致しますからね!」
良いことを思いついたと案を出す子どものように顔を輝かせる日乃子。そんなころころ変わる表を見ていれば、心が和んでいった。
自分の隠れた優しさに気付き、寄り添ってくれる人がいる。春陽はじめ、日乃子からもそんな温かい気持ちが伝わってくる。
外の風は強い。だが、それを気にする余裕もないくらい、雪花の心は柔らかな綿に包まれているようだった。
「ありがとうございます。日乃子さま」
雪花の口角がうっすらと上がり、冷風が襖を揺らすのだった。




